大金を投じて大学教育を受けるメリットがない 米国の大学進学率が大幅な落ち込み

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アメリカ101 第189回

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先進工業国としての“証”のひとつに大学進学率があります。高等教育を受ける生徒の比率が高いほど先進国というわけで、日本では進学率が上昇の一途をたどっているのですが、アメリカではここ数年、コロナ禍のパンデミックで労働力不足が生じており、教育水準の是非を問わず労働市場での“即戦力”として就職できるメリットから、進学率の低下が目立っています。

日本の文部科学省によると、2022年度の大学進学率は56・6%で、過去最高を更新しました。これに対してアメリカの労働省統計では、16歳から24歳までの年齢層での進学率は62%です。パンデミック直前の2019年には66・2%、また過去最高の2009年(70・1%)といった数字と比較すると、大幅な落ち込みで、右肩上がりに大学進学率が高くなる日本とは対照的な動きとなっています。  その背景には、日本の場合、一般的には、「まず大学進学ありき」といった、とにかく、まず大学に入って、有利な就職口を探すという流れが定着しているのに対して、アメリカでは「大学進学の損得計算」が大きな要因となっているという事情があるようです。

このため雇用市場の動きに連動して進学率が増減する傾向にあり、ここ数年はパンデミックで雇用ひっ迫状況が生まれたのを背景に、無理をして進学するよりも、単純労働であるレストラン、テーマパークといったレジャー/ホスピタリティー分野で働くことを選択する向きが増えたとみられます。またある程度の職業訓練が必要であるものの、大学レベルの教育は不要な建設、製造、倉庫といった現場で働くケースも増加しています。

最近の雇用市場は活況を呈しており、それに伴い4月の失業率は16歳から19歳の年齢層では9・2%と、70年ぶりの低い水準です。その結果レジャー/ホスピタリティー関係の労働者の平均時給は、2019年4月から2023年4月までの4年間で季節差調整済でほぼ30%上昇し、同期間中の全労働者の上昇率約20%を大幅に上回っています。具体的には、昨年のレストラン接客業での中間時給は14ドルに達し、連邦政府の最低賃金のほぼ2倍です。また大学学位は不要なものの、ある程度の職業訓練が必要な機械工の時給は23ドル32セント、大工は24・71ドルで、全米の中間賃金の22・26ドルをオーバーです。

パンデミックで大学での教育現場が混乱するのに伴い、多くの学生が進学を先延ばしし、就職して給与を手にし、現場を経験した結果、進学を取り止めるというケースも多いと指摘する専門家もいます。

連邦政府の統計では、過去10年間で大学入学者数学位は約15%減少を記録しています。学費高騰、大学廃校、不安定な学位取得コスト、そして雇用市場の好況ぶりといった要因があるようです。

さらに大きな背景としては、大金を投じて大学教育を受けるメリットがないとの見方が広がっていることがあげられます。「アメリカン・ドリーム」実現の最短距離が大学教育といった認識が薄れているとの世論調査結果もあり、とりあえず実際に現場で働いて、収入を確保するのを優先させるというわけです。「大学学位なしでも就職ができて、ある程度の賃金上昇を期待できる」のなら、わざわざ、どうして学位(B.A.)を取得する必要があるのかというわけです。

さらには「大学教育が必ずしも必要ではない」という長期的な見方を裏付ける、アメリカでの労働市場絡みのトレンドがあります。労働力人口の高齢化と、パンデミックに伴う移民流入の減少といった趨勢からすると、大学進学率が50%台に落ち込む可能性もあるようです。

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著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)

通称:セイブン

1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。


(6/6/2023)

 

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