

筆者・志村 朋哉
南カリフォルニアを拠点に活動する日米バイリンガルジャーナリスト。オレンジ・カウンティ・レジスターなど、米地方紙に10年間勤務し、政治・経済からスポーツまで幅広く取材。大谷翔平のメジャー移籍後は、米メディアで唯一の大谷番記者を務めた。現在はフリーとして、日本メディアへの寄稿やテレビ出演を行い、深い分析とわかりやすい解説でアメリカの実情を日本に伝える。
通信037
公平性か尊厳か
トランス選手の女子スポーツ参加問題
公平性か尊厳か
トランス選手の女子スポーツ参加問題
カリフォルニア州教育局が、「女子スポーツからトランスジェンダー選手を排除するように」というトランプ政権からの要請を正式に拒否しました。この問題は、今のアメリカ社会の深い分断を象徴するテーマのひとつです。
争点は、「出生時に男性と割り当てられたが、性自認が女性であるトランスジェンダーの生徒」が、女子競技に出場できるかどうかです。トランプ政権はこれを否定していて、トランス選手を参加させることは、シスジェンダー(出生時の性別と性自認が一致する)女性の権利を侵害し、教育現場における性差別を禁じた1972年の連邦法「タイトルIX(ナイン)」に反すると主張しています。
一方で、LGBTQ+の権利擁護に積極的なカリフォルニア州は、この要求に「同意できない」と明言。連邦政府が提示する「生物学に基づく性別定義」に従う意思がないことを表明しました。州の高校スポーツを統括するカリフォルニア高校体育連盟(CIF)も、同様に連邦政府の要求を拒否しました。
トランスジェンダーの権利を支持する人々にとって、これは「尊厳」の問題です。生徒が日常的に女性として生活し、自らを女性と認識しているのであれば、教室でも、トイレでも、競技の場でも、女性として扱われるべきだとの主張です。そうでなければ、差別であり、特に精神的に脆弱な若者にとって深い傷となると訴えます。
一方で、保守派や一部の女性の権利団体などからは、「競技の公平性」が損なわれると批判されています。どれほど性自認を尊重すべきだとしても、「男性として思春期を迎えた人」が、筋肉量や骨密度、肺活量などで身体的な優位性を持ち続けている可能性は、スポーツにおいて無視できない要素だといいます。タイトルIXは「女性の機会を守るため」に制定されたのだと主張しています。
こうした中で、CIFは今年5月、折衷案として、「トランス選手が勝利した場合、その選手が出場していなければ勝っていたであろう選手にも賞を与える」という方針を導入しました。しかしこの措置も、両陣営の溝を埋めるには至っていません。個人種目では成立しても、団体競技ではその影響を測るのが難しい上、過去の結果をさかのぼって訂正する措置も取られていません。
さらに、この問題は教育やスポーツの枠を超えて、政治的な対立に発展しています。トランプ大統領は、移民政策や多様性を推進する州の取り組みに反発し、「従わなければ連邦の補助金を停止する」と繰り返し警告してきました。今回の件でも、カリフォルニア州が命令に従わない場合、「迅速な強制措置をとる」と警告しています。
アメリカでは現在、州ごとに対応が異なり、保守勢力が強い27州では、トランス選手の女子競技への参加を禁止する法律を制定しています。すでに複数の訴訟が進行中であり、秋には連邦最高裁判所が、そうした州の法律が憲法に違反しているかを審査する予定です。
公平性とは何か。誰の権利をどう守るのか。そして「誰がそれを決めるのか」。この問題は、アメリカという国が「どのような社会でありたいか」を、私たちに問いかけています。
(7/11/2025)




