

筆者・志村 朋哉
南カリフォルニアを拠点に活動する日米バイリンガルジャーナリスト。オレンジ・カウンティ・レジスターなど、米地方紙に10年間勤務し、政治・経済からスポーツまで幅広く取材。大谷翔平のメジャー移籍後は、米メディアで唯一の大谷番記者を務めた。現在はフリーとして、日本メディアへの寄稿やテレビ出演を行い、深い分析とわかりやすい解説でアメリカの実情を日本に伝える。
通信037 ロサンゼルス五輪、
盛り上がりはこれから?
2028年に開催予定のロサンゼルスオリンピック。アメリカ国内では1996年のアトランタ大会以来、32年ぶりの夏季五輪となりますが、南カリフォルニアに住んでいても、「熱気が感じられない」「実感が湧いてこない」という人も多いのではないでしょうか。
この空気感は、東京五輪前の日本とは対照的です。東京では、五輪は国家を挙げての一大プロジェクトととらえられていて、「震災からの復興」や「日本の魅力発信」といった明確なメッセージが掲げられていました。街にはオリンピック関連の装飾があふれ、テレビや新聞でも連日大きく取り上げられていました。たとえ開催に賛否があったとしても、多くの人が関心を持っていたことは間違いありません。
一方、ロサンゼルスでは「オリンピックが開かれるんだ、ふーん」といった冷めた反応の住民が多い印象です。すでに1932年と1984年にオリンピックを経験し、スポーツや音楽、映画など日常的にビッグイベントが開催されるこの都市では、もはや五輪ですら「日常の延長」に感じられてしまうのかもしれません。
開催が決まった2017年、私は現地新聞社の記者として働いていましたが、日本と比べると「こんなにも話題にならないのか」と驚いたのを覚えています。ここ最近まで、地元でオリンピックが開催されることすら知らなかった住民も多かったように感じます。
さらに、現在のロサンゼルスはオリンピックどころではないという事情もあります。今年1月に起きた大規模な山火事の復興は道半ばで、市の財政赤字は約10億ドル。ホームレス問題、住宅価格の高騰、交通渋滞、不法移民の強制摘発など、住民の生活に直結する課題が山積みで、「五輪より先にやるべきことがある」と感じる人も少なくありません。
計画も当初からトーンダウンしています。選手村として建設予定だった10億ドル規模の新施設はコスト高を理由に中止され、代わりにUCLAの学生寮が使われます。さらに、カヌー競技はなんと1,300マイル離れたオクラホマシティで開催されるという、やや拍子抜けする展開も。
注目された「クルマのいらない五輪」というビジョンも、実現は難しそうです。当初は観客の100%が公共交通か徒歩、自転車で移動するという目標が掲げられていましたが、現在は「できるだけ公共交通を利用してください」という控えめな呼びかけにとどまっています。
そんな中、五輪をきっかけに注目されているのが、LAXに建設中の「ピープルムーバー」。これは空港とメトロ、レンタカーセンターなどを結ぶ自動運転シャトルです。完成すれば空港アクセスの利便性が向上し、ロサンゼルスの交通改革に向けた象徴的な一歩となるかもしれません。
観光や経済への波及効果も期待されています。五輪開催中には800以上の競技イベントがロサンゼルス各地で行われ、1万人以上のアスリートと数百万人の観光客が訪れる見込みです。イベント会場は既存のスタジアムやアリーナを活用するため、環境負荷も最小限に抑えられるとアピールされています。
ただし、地価上昇や家賃の高騰、再開発に伴う立ち退き、交通渋滞の悪化など、住民にとっての負担も見過ごせません。五輪は「夢の舞台」であると同時に、「生活に影響を及ぼす現実」でもあるのです。
今後、2026年のサッカーW杯、2027年のスーパーボウルなどのビッグイベントを経て、ロサンゼルスでも少しずつ五輪への関心が高まるかもしれません。ですが、それが地域全体を巻き込んだ「熱狂」になるかどうかは、現時点では見通せません。
ロサンゼルスがどんな「五輪都市」となるのか。それは、これからの3年間で、どれだけ住民の心に届く物語を描けるかにかかっています。
(7/25/2025)





