根拠なき誹謗 ドナルド・トランプの人種差別発言

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アメリカ101 第151回

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Snubという英語の単語があります。英和辞典を参照すると、「冷たい態度をとる」「冷たく扱う」「鼻であしらう」といった記載があります。「前回は副大統領、その次の回は運輸長官」という扱いはどうでしょう。アメリカ政府の閣僚の格付けでは、当然ながら運輸長官は格下です。そして日本の皇室の代替わりにあたり執り行う、国家としての最高の儀礼行事である現天皇陛下の「即
位の礼」(2019年)で、当時の大統領ドナルド・トランプがアメリカの代表として派遣した“格下閣僚”イレーン・チャオ(趙小蘭)(69)と、その“後日談”が今回のコラムの登場人物です。

トランプが政敵に対して執念深く、遺恨を抱き、それを晴らすために、嫌った人物を口汚く非難、罵倒するのは別に珍しくないのですが、今回だけは、その「遺恨晴らし」が極限に達し、アジア系、具体的には台湾系のチャオが対象という人種差別発言も加わって、トランプの「人間失格」ぶりを余すところなくさらけ出したエピソードといえます。

発端は、トランプが大統領時代からコミュニケーションの手段として繰り返し使ってきたSNSでの発信です。まず8月20日に自身のTruth Socialサイトで、「(ミッチ・マコーネル共和党上院院内総務は共和党政治家の選出を)助けるために、より多くの時間(とカネ)を費やすべきで、クレージーな妻(チャオ)と、その家族が中国関連事業で富を築くのを助ける時間を減らすべきだ」と記し、同院内総務があたかも夫人と、その一族の営利事業に関与しているような印象を強く打ち出しています。その後も夫妻を根拠なく誹謗するツイッターが目立ちます。

チャオは台湾台北市生まれで、アメリカでの海運事業で成功した父親を追って1961年、8歳でアメリカに渡り、マウント・ホリヨーク大学を経てハーバード大学ビジネススクールでMBAを取得した才媛。卒業後ホワイトハウスのインターン(実習生)として政治の世界の一端に関わったあと、大手銀行バンク・オブ・アメリカ副社や父親の事業を支援、同じ中国人の知人女性を通じて当時離
婚後独身だったケンタッキー州出身のマコーネルと知り合って1993年に結婚しています。

海運業との関連で、ロナルド・レーガン大統領時代の1988年に連邦政府海運委員会委員長に就任。その後はそれぞれ父子ブッシュ政権下で運輸副長官、平和部隊(Peace Corps)事務局長、運輸長官、労働長官を経験、アジア系女性政治家としては“出世頭”として政界で活躍してきました。そして「即位の礼」では、当初はマイク・ペンス副大統領で検討が進められたものの、結局アメリカ側の政治日程の関係で、アジア系閣僚ということでチャオ運輸長官に“白羽の矢”が立った次第です。現上皇さまの際には当時の副大統領ダン・クエールが訪日しており、「チャオ特使」は、単にアジア系政治家のトップというだけが理由で、当時日本国内では失望の声が聞かれました。

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トランプは、閣僚として迎え、「即位の礼」参列という名誉を与えて厚遇してきたはずのチャオが、2021年1月6日の連邦議会乱入占拠事件で、「深く憂慮」「見逃すことはできない」として辞任したことに、現在に至るまで遺恨を抱いて、今回の“ツイッター”となったとみられます。しかし、トランプ政権を支えてきたマコーネルに加え、チャオも巻き込んで非難する言動は、政治家として失格というだけでなく、人間としてお粗末ということでしょう。

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著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)

通称:セイブン

1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。


(9/6/2022)

 

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