広告

第八十九回
甲子園に挑んだ台湾の球児たち
嘉農ナインが起こした奇跡
第17回夏の甲子園に台湾代表として出場した嘉義農林学校(嘉農)が初戦を完封勝利に終えると、一躍注目のチームとなります。その後も嘉農の快進撃は続きます。その圧倒的な強さと、なにより誠実な魂のこもったプレースタイルは、内地の日本人を魅了し、嘉農を応援する人々は瞬く間に増えていきました。決勝戦、中京商に0対4で敗れたものの、堂々の準優勝に輝き、日本中を感動させたのです。
このことは、台湾で野球が国技となり、今日の隆盛に至る大きなきっかけとなりました。
中京商もこの時の初優勝から3連覇を成し遂げ、その記録はいまだ破られていません。
嘉農は農業・林業の発展を担う人材を育てる為に創設された実業学校です。時を同じくして烏山頭ダムの建設が始まりますが、後に「ダムの父」と呼ばれる八田與一技師も嘉農で農業について教えていました。
「たかが野球の話と思うかもしれませんが、野球から学び、農林高校で学んだことによって、台湾の子どもたちは貧困の鎖から逃れることができたんです」と台湾人通訳の李久惟さんはおっしゃいます。
可能性を信じることができた嘉農の球児たちは、その後、多方面で活躍します。
2014年、この実話をもとにした映画「KANO~1931 海の向こうの甲子園~」が制作されます。その映画のなかで、「僕も甲子園に連れて行ってください!必ず嘉農に合格しますから!」と野球部監督の近藤に懇願する子どもが出てきます。この子は後に嘉農に入り、その後、日本プロ野球(巨人、阪神等)で活躍することになる呉昌征です。嘉農時代には近藤の下、春の甲子園に1回(1935年)、夏の甲子園に3回(1933年、1935年、1936年)出場します。小柄ながらエネルギッシュな攻守により「人間機関車」と呼ばれ、日台両方の殿堂入りを果たします。
映画は嘉義市の檜村で撮影され、そちらには近藤の自宅が再現されています。台湾の旅の2日目に李さんの案内で檜村を訪れました。李さんは映画「KANO」に制作段階から関わり、WBCなどの野球国際大会の通訳も担当されています。

(8/26/2026)

筆者・森 日和
禮のこと教室 主宰 礼法講師
京都女子大学短期大学部卒業後、旅行会社他にてCEO秘書を務めながら、小笠原流礼法宗家本部関西支部に入門。小笠原総領家三十二世直門 源慎斎山本菱知氏に師事し、師範を取得する。2009年より秘書経験をいかし、マナー講師として活動を開始する。
2022年より、廃棄処分から着物を救う為、着物をアップサイクルし、サーキュラーエコノミー事業(資源活用)・外国への和文化発信にも取り組む。
https://www.iyanokoto.com
ランキング
よく読まれています
- 「アメリカ人」をやめるという選択 海外へ移住し、米国籍を手放す人々が増加(9/16)
- 学生・グリーンカード申請者などに影響 米国の移民制度に今週から3つの大きな変更(9/15)
- Metroバス衝突で2人死亡 SUV運転手を殺人容疑で逮捕(9/16)
- 東京生まれのヒロ・ムライさん、エミー賞監督賞を受賞 アジア系で初の快挙(9/15)
- シルバーレイク騒然 銃撃で男性負傷(9/16)



















