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第八十回
「お猿さん」と呼ぶ理由
言葉が心を育てるということ
今週も幼稚園にうかがい、元気な子どもたちに、夏休みが楽しみになるような、夏の行事やしきたりについてお話しして参りました。相手が子どもであっても、私は必ず敬語で話すようにしています。それは、敬語の持つ美しさや、言葉を丁寧に扱う心を、子どもたちにも感じ取ってほしいと思うからです。
敬語表現の一つに、「さん」や「様」、「先生」などを名前の後ろにつけて敬意を表す「尊称」があります。
一般的に人に対して使う表現ですが、「踵を踏むと『お靴さん』がかわいそうですね」と、人でない物に対しても使うようにしています。物をあたかも人のように表現することで、子どもたちが人以外に対しても慈しむ気持ちや感謝の気持ちを抱くことにつながればと思う為です。
相手を敬うからこそ尊称を使うのですが、尊称が敬う気持ちをわき起こすという効果もあると感じます。
例えば、「猿」と呼ぶのと、「お猿さん」と呼ぶのでは、親しみが変わります。また、同じ尊称でも、「山田さん」と「山田先生」では、学ぶ姿勢が変わります。言葉は心の姿勢のスイッチにもなっているのです。
昨今の日本では、先生を先生と呼ばない教育機関が増えています。教える立場の皆さまの謙虚なお気持ちや教わる側との壁をなくすというような目的の為とお聞きしますが、先生と呼ばせて差し上げることの大切さも思います。先生と呼ばなくなると、関係が幾分対等な立場となります。そのようなことで「この方から学べる!」という心のスイッチが最初からオンになるかどうか。また、「先生ではないから」が、教える側の逃げ道になっていないかということも気になります。先生と呼ばれることは重責を負うことですが、「先生と呼ばんでいただく値しているだろうか」「そう呼んでいただくからには、どうあるべきか」と考える機会となり、自己成長の機会につなげていくことができます。
言葉が形骸化しない限り、「先生」は、呼ぶ側と呼ばれる側の双方にとって、成長の機会を増やすものになるのではないかと思うのです。

(6/24/2026)

筆者・森 日和
禮のこと教室 主宰 礼法講師
京都女子大学短期大学部卒業後、旅行会社他にてCEO秘書を務めながら、小笠原流礼法宗家本部関西支部に入門。小笠原総領家三十二世直門 源慎斎山本菱知氏に師事し、師範を取得する。2009年より秘書経験をいかし、マナー講師として活動を開始する。
2022年より、廃棄処分から着物を救う為、着物をアップサイクルし、サーキュラーエコノミー事業(資源活用)・外国への和文化発信にも取り組む。
https://www.iyanokoto.com
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