

筆者・志村 朋哉
南カリフォルニアを拠点に活動する日米バイリンガルジャーナリスト。オレンジ・カウンティ・レジスターなど、米地方紙に10年間勤務し、政治・経済からスポーツまで幅広く取材。大谷翔平のメジャー移籍後は、米メディアで唯一の大谷番記者を務めた。現在はフリーとして、日本メディアへの寄稿やテレビ出演を行い、深い分析とわかりやすい解説でアメリカの実情を日本に伝える。
通信032
ハーバード vs トランプ──
知の現場で今、何が?
今、アメリカの大学が“政治の渦”に巻き込まれています。トランプ大統領が、大学に対して厳しい改革を迫る中、名門校のハーバード大学やコロンビア大学などが、その圧力にどう立ち向かうかが大きな注目を集めています。
きっかけとなったのは、バイデン政権下の2024年に高まったイスラエルとパレスチナの紛争に対する、大学キャンパスでの抗議活動でした。学生たちは構内にテントを設置したり、一部の建物を占拠したりして、イスラエルへの抗議の声を上げました。これを受けて、トランプ大統領は「大学がユダヤ人差別を容認している」と非難し、複数の大学に対して調査と改革を強く求めました。さらに「大学は左に偏りすぎている」「保守的な価値観を排除している」といった不満もぶつけられ、連邦政府からの研究資金の停止や、留学生のビザ剥奪という強硬な手段も取られています。
では、なぜトランプ政権は大学にここまで厳しくあたるのでしょうか?
背景には、「大学=リベラル=エリート」という見方があります。特に田舎や保守層には、「都会の大学は一般市民の感覚とかけ離れている」「自分たちの価値観を馬鹿にしている」と感じる人も多く、トランプ氏はその不満を汲み取って行動しているのです。彼にとって大学改革は、支持者への“アピール材料”でもあるのです。
一方で、大学側が強く反発するのは、「学問の自由」と「大学の自治」が脅かされているからです。どんな学問を教えるのか、誰を雇うのか、何を研究するのか——それを決めるのは本来、大学自身であるべきです。政治や権力に左右されず、研究者や学生が自由に問いを立て、答えを探す環境が必要だという考え方です。
大学によって対応は分かれています。たとえばコロンビア大学は、凍結された4億ドルの資金を取り戻すため、いくつかの要求に応じる姿勢を見せました。一方で、ハーバード大学はこうした圧力に対して公に反発し、政権を相手取り裁判を起こしました。たとえ訴訟に勝っても、将来的に資金が止まる可能性を覚悟しての対応です。
この争いは、日本人にとっても無関係ではありません。
アメリカの大学はこれまで、世界中から優秀な人材を受け入れ、先端的な研究を行う拠点として、イノベーションや経済の発展に貢献してきました。日本人を含む多くの留学生が学び、研究に携わり、成果を上げています。ところが今、その留学生がビザを失い、帰国を余儀なくされる事態も発生しています。これは、大学の国際性や多様性を損なうだけでなく、アメリカの競争力そのものにも影響を及ぼします。
また、大学の研究活動は、国の資金に大きく依存しています。ハーバードのような私立大学でも、研究予算の半分以上が政府の補助金によるものです。がん治療やAI、気候変動など、重要な分野の研究に遅れが出るかもしれません。研究者は他国に流出し、技術革新の拠点がアメリカから離れていく懸念も出ています。
たしかに、大学にも課題はあります。学費が高すぎる、リベラルに偏りすぎているなど、見直すべき点はあるでしょう。ただし、政治が口を出しすぎれば、大学の存在意義ともいえる「自由に教育や研究を行うこと」が難しくなるおそれもあります。
アメリカでの大学進学を考えている方、お子さんの進学先を検討している親御さんにとっても、この争いがどんな影響を与えるのか、今後の行方に注目しておくことが大切です。
(6/4/2025)






