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アメリカ101 第169回

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ロサンゼルス市長が昨年12月12日に交代となり、新しい市長に下院議員だったカレン・バスが就任したのはいいのですが、前任者で、政治家としては働き盛りの51歳であり、アメリカ第二の都市の首長として無難に2期8年の任期を全うし、政治家として前途洋々というエリック・ガルセッティが、中国の強引な海洋進出に対抗し、「自由で開かれたインド太平洋」を維持するというジョー・バイデン大統領の外交戦略にとって、要の国として重視されるインドの駐在米大使として昨年7月に指名されたものの、その人事が上院外交委で“たなざらし”状態です。このため、バイデン政権の「インド重視」の掛け声の“真剣度”のほどに、インド国内でも懸念の声が高まっているだけでなく、同氏の将来に影を落としています。

アメリカの大都市首長というのは、それなりに政治家としての“重み”はあるものの、所詮は「地方政治家」にとどまるケースが大部分です。たとえば身近なロサンゼルスの歴代市長を眺めると、その“違い”のほどは明らかです。ガルセッティの前任は初のラティーノ市長となったアントニオ・ビヤライゴーサ、その前はジェームス・ハーン、リチャード・リオーダン、トム・ブラッドリー、サム・ヨーティなどですが、いずれも「地方政治家」の域にとどまっていました。

ハーン一族は、ロサンゼルス市および同郡の市議会議員や郡参事などの要職経験者を多く輩出してきた名門政治家家族ですが、その活動範疇は南カリフォルニアに限定されています。ブラッドリーは初の黒人市長であり、ロサンゼルス国際空港(LAX)の国際線ターミナルの呼称に採用されるなど人気が高く、実績をあげた市長でしたが、1982、1986年両年に民主党候補としてカリフォルニア州知事選挙に出馬したものの、いずれも、共和党のジョージ・デュークメジャン候補に敗北を喫しています。

またビヤライゴーサは「ラティーノ政治家の希望の星」として、市長退任後、2016年11月に知事選への出馬を表面し、選挙戦に臨んだものの、2018年6月の民主党予備選挙では3位に甘んじて、政治家としての生命を絶たれました。その点では、ガルセッティは父親ギルが公選職の郡地方検事だった親子2代目の政治家で、ロサンゼルスの名門プレップスクールであるハーバード・ウェストレーク・スクールを経て、アメリカの代表的なエリートコースであるローズ奨学金受領者としてイギリスのオクスフォード大学に留学、ロンドン・スクール・エコノミクスでも学んだ極めつけの英
才です。高校生時代には交換留学プログラムのある東京・町田市にある玉川学園で一カ月学んだ経験がある知日家でもあります。現職中はホームレス問題や交通事情改善といった難題の抜本的な対策に取り組んだものの、特出した成果を上げるには至らず、無難にこなしたといった結果に終わりました。しかし現職時代から、有能な政治家としての評価が定着、バイデン大統領が大使のポストとしては、イギリスやドイツ、フランス、日本といった主要な同盟国・友好国と並ぶ重要な任地先であるインド駐在大使として指名したのがガルセッティです。歴代のインド大使としては、経済学者、政治学者として有名だったケネス・ガルブレイス教授やパトリック・モイニハン元上院議員が就任したポストであり、将来の“全国区”政治家を目指すガルセッティにとってはやりがいのある起用人事でした。

しかし指名が発表されて以来、人事承認権限を有する上院では、市長時代の側近幹部のセクハラ容疑で、速やかに対応しなかったとする疑惑浮上、議会としての調査を求める声が承認が先送りとなっています。新しい議会会期入りで、バイデンはインド大使として再指名したものの、議会での“たなざらし”が続けば、ガルセッティの将来にマイナスとなるだけに、その行方が注目されています。

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著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)

通称:セイブン

1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。


(1/17/2023)

 

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