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Vol.19 ▶︎異次元空間の終着地点
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ピーカブー、即ち「いないいない 、ばー」の名前の由来は、渓谷の入り口付近の岩にあるコブシ大の穴。真実のほどは分からないが、その昔ハイカーが穴の反対側から覗き、「いないいない、ばー」をした事に端を発するという。曲がりくねった渓谷内は、両側の壁がヒダようになっており、見る位置を変えるたびに、幾重にも重なった岩や、そこに刻まれた紋様が見え隠れする。敢えて、「いないいない」や「ばー」する必要もない。 谷に足を踏み入れる。そこはヒンヤリとした空気に包まれた、異次元の空間だ。クジラに飲み込まれたピノキオのおじいさんになった気分で奥へと進む。
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岩肌に刻まれた紋様が美しい
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頭上の岩の隙間から差し込む秋の陽射しが、矢のように強い意志をもって地表を照らす。足元の砂をすくい、光の束に向かって投げる。天から放たれた輝く矢は、宙に舞う砂粒と混ざり合い乱反射し、一瞬眩いばかりの光を放つ。 上流に向かう、その頭上には、フラッシュフラッド(突発的な洪水)で流されてきた、大小の木枝が引っかかっている、高さは3~4m。注意してみると、更に高いところにも同じように幾つもの枝がある。なかには幹の一部のような大きさのものもある。この谷に大量の水が流れ込んだ際に残していったものだろう、水位は5~6mまで達している。 サンドストーンの壁は見る角度や、光の差し方によって、異なった表情を見せる。色彩の変化だけではない。時折、岩肌の紋様が浮き上がる。この谷で何万年、何十万年の間に起った様々なことを伝えたがっている様だ。 異次元空間の終着地点は、呆気ないほど突然、そこに姿を現した。しかし、この行き止まりは終着の地ではない。遡る事、数万年前。見上げる先にあるサンドストーンの小さな隙間に、雨水が入り込んだ。それが、この谷の歴史の始まりだ。いにしえの時に想いを馳せながら、この谷を作り上げた見えない流れに沿って、帰路を今暫く楽しもう。
【ワンポイントアドバイス】
1.行き方 ピーカブーは、ユタ州南部カナブ(Kanab)の北、12~13マイルのところに位置している。カナブから、89号線沿いにあるトレイルヘッドまでの距離は8.6マイル(約14㎞)。時間にして僅か10分ほど。一般的には、Peekaboo Slot Canyonと呼ばれているが、正式名はRed Canyon Slot (レッドキャニオン・スロット)。どこにでもある、ありふれた名前だ。Peekaboo Slot Canyonで検索すると、ATVツアーなど幾つかの選択肢が出てくる。本文で触れたように砂がかなり深く、4WD車両でのダート経験が豊富な方以外は、自家用車での乗り入れはお勧めできない。トレイルヘッドから谷の入り口までは片道約5㎞、往復10㎞ほどの距離。歩けない距離ではないが、深い砂地で極めて歩きにくく、更に途中、分かれ道もあるので十分な注意が必要だ。
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ピーカブーの名前の謂れとなったと言われる岩に開いた穴
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2.Coral Pink Sand Dune ピーカブー・トレイルヘッドから12マイル(20㎞)ほど南西に行った所に、コーラル・ピンクサンド・デューン州立公園がある。ピンク色の砂丘という事になっているが、実際には、赤みのかかったベージュといったところ。ピンクの砂丘を期待していると、少しガッカリするかもしれないが、一見の価値あり。ATVツアーや、きめの細かい砂丘からのサンドボードが楽しめる。
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(7/6/2022)
Nick D (ニックディー)
コロンビア、メキシコなど中南米での十数年の生活を経て、2007年よりロサンゼルス在住。100マイルトレイルラン、アイアンマンレースなどチャレンジを見つけては野山を駈け回る毎日。「アウトドアを通して人生を豊かに」をモットーにブログや雑誌への寄稿を通して執筆活動中。