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Vol.7 ▶︎制限時間30時間。Rio del Lago100マイル 午前一時・漆黒のトレイルをさまよう
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お先真っ暗とはまさにこの事である。空には満天の星が輝き、北斗七星が道しるべになるべく語りかけているが、迂闊にも真夜中に道に迷って、狼狽えるランナーの役には立たない。前方は漆黒の闇。後方はというと、光がすべてブラックホールに吸い込まれた異次元区間のような世界。地面と生い茂る木々との境もわからない。快晴の星空なので、実際にはそれほど暗くないのだろうが、気が萎えたランナーの目に映る景色はどこまでも暗い。こんな筈ではなかった・・・。 ルートの目印であるオレンジ色のリボンを最後に見てから、かれこれ15分程度、真っ暗の山道を一マイル以上は走った事だろう。足が重い。気持ちはその何倍も重い。周りに他のランナーの姿はない。レース前のブリーフィングでは、数百メートル走って目印が見つからなければ、引き返すべきとの説明を受けた。時刻は午前一時を回っている。前日の午前5時にスタートし、ここまで20時間以上走り続けている。左腕のガーミンは86マイルを表示しているが、おそらく75マイル(120㎞)あたりだろう。60マイルあたりから痛み出した右膝が悲鳴をあげている。
午前五時前のスタートライン
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道を間違ったことは疑いの余地もない。間抜けな自分に腹が立つ。間違いを認めたくない気持ちが、引き返すことを躊躇させている。元来、物事に固執する面倒な性格である。こんな状況下では頑固な性格は邪魔になるだけだ。この場に及んでも、あと数分も走れば目印が見つかるのではないかと、現実を受け入れられない自分がいる。道に迷うのは今回が初めてではない。ホームグラウンドと呼べる自宅近辺の山でさえ、自分が何処にいるか分からなくなった事が幾度となくある。多くは深い霧の中でのトレーニング中である。時には街中でも道に迷うほどの方向音痴だ。アウトドア派を自称する者としては、致命的な欠陥である事は自ら判っている。情けない話である。 自分を憐れんでいる場合ではない。30時間の制限時間内での完走に残された猶予は10時間弱。距離にして25マイル。この先、未だかなりアップダウンはあるが、フルマラソン程度の距離である。痛む足を引き摺ってでも8時間もあれば間違いなく走り切れるはずだ。然し、完全にルートを外れている。このまま元のルートに戻れなければ、完走どころか山中で遭難したも同然だ。意を決して来た道を戻る。どこまで戻ればいいのだろう。ルートに辿り着くことができるのだろうか。不安と恐怖が大きな塊となって圧し掛かかってくる。気持ちは焦るが、ペースは上がらない。
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ルートに示された矢印とオレンジ色のリボン。昼間は容易にフォローできるが日が暮れると全く見えない
漸く路面に矢印を見つけたのは、20分ほど戻った辺りだ。オレンジ色のリボンの先に取り付けられた反射板も見える。ほっとするの同時に、強い膝の痛みがぶり返してきた。ロスタイムは30~40分程度。残り時間は十分にあるが、不安は拭いきれない。相変わらず周りに人の姿はない。
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(4/13/2022)
Nick D (ニックディー)
コロンビア、メキシコなど中南米での十数年の生活を経て、2007年よりロサンゼルス在住。100マイルトレイルラン、アイアンマンレースなどチャレンジを見つけては野山を駈け回る毎日。「アウトドアを通して人生を豊かに」をモットーにブログや雑誌への寄稿を通して執筆活動中。