【手記 ケース5】記憶にない蛇行運転の恐怖〈後編〉

 

ガーデナ在住  K.Eさん (男性・会社員 在米21年目)

前編より

思い出そうとしても思い出せない、酒に酔って運転した空白の約30。後で弁護士から知らされたのは、その間に、僕がサンタモニカブルバードを二車線を跨ぐひどい蛇行運転をしていたこと。その僕の運転に危険を感じた周囲の何台かの車が911通報」し、僕は逮捕されたのだ。

 

逮捕から一夜が明けて夕方近くに、手かせ足かせをされたまま僕は裁判にかけられ、有罪判決を受けた。その日のうちに会社の上司によって保釈金が支払われ、僕は牢屋を出て帰宅することを許された。しかし、何せ通報されての逮捕だけに重罪は覚悟していた。

 

判決で僕に課せられた内容は次のとおりだ。

・1年間の免許停止

・罰金1600ドル

・9か月間のDUI更生プログラム(飲酒・薬物に関する教育とカウンセリング)

・20回のAAミーティング

・3日間のロサンゼルス郡刑務所に収容

・飲酒運転に抗議する被害者やその家族たちの講演会参加(MADD)

・ロサンゼルス郡の死体安置所訪問プログラム(HAM

・全てのプログラム終了後に1000字ほどのレポートを裁判所に提出

 

と、僕を待っていたのは、途方に暮れるような判決内容だったが、約2年ほどをかけてじっくりと罪を償った。なぜなら、自分の心の中には、ずっとこんな恐怖があったからだ。

 

「意識もうろうとしながら蛇行運転をした僕は、誰かをひき殺していたかもしれない。周りを走っていた車と激突して、その車に乗っていた人が亡くなっていたかもしれない。自分が壁やポールに激突して、自分自身が死んでいたかもしれない。自分の家族を悲しみのどん底に突き落としていたかもしれない・・・」

その恐怖は、罪を償いながら、ひとときも頭を離れることはなかった。

 

死体安置所訪問プログラム

僕に課せられた刑罰の中で、特に死の恐怖を味わうこととなったプログラムがある。「ロサンゼルス郡の死体安置所訪問プログラム(HAM)」という死体安置所を訪問するプログラムだ。僕は1月の寒い日に予約を取り、LAダウンタウンの外れにあるLA郡検死局を訪れた。約20人ほどのグループで最初に説明を受け、衛生のためマスクやナイトキャップ、靴カバーを身に着け見学がスタート。

まず最初に案内されるのが死体解剖中の部屋だ。検死中のところを部屋の外から傍観する。目が悪い僕だが、横たわった遺体が開腹され、内臓が取り出されている途中だということがわかった。

その次に通されたのは、広い部屋に100以上ずらりとパンを置くような棚が並んでいる「死体安置室」。その棚には男女年齢関係なく、一つひとつの裸の遺体に半透明のナイロン袋(普通のゴミ捨て用ナイロン袋)と番号札がかけられ、並べられている。所狭しと並べられている遺体と遺体の間を前に進みながら、かすかに生ごみか何かが腐ったような臭いもする。

 

人の命とは

あまりの衝撃的な光景、そして非日常的すぎる光景に、僕もそうだが、他のメンバーたちも声を失った。目の前に100体以上もの遺体がある。100人もの亡くなった人たちがそこに眠っているのに、涙さえ出なかった。

見学の後は、別室でスーパーバイザーからの説明。そのスーパーバイザーが言うには「ここには一日100~200の遺体が安置されます。殺人や事故、自殺、死因不明の遺体、行方不明者の遺体など、ここに運ばれてくる遺体の多くが身元不明者です。今日この場所を訪れたあなたたちはわかったでしょう? 人の命の尊さ、そして自分自身の命を大切にして人生を送らなければならないということを。

お願いだから、このような悲しい場所で人生を終えないでください。もうこの場所に二度と来るようなことをしないでください」。


㊙️ザ・アメリカ生活  あの時何が起こった!?

長いアメリカ生活。生きていればあんな事やこんな事もあります。

今だから言えること、今でも言えないこと、今ここで告白します。

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