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Vol.12 ▶︎70マイル地点目前の闇の中
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エイドステーションを後にしてどれほど走っただろうか。気になっていた胃のムカつきが、ひどくなっている。吐くほど調子が悪いわけではない。幸いにも、腹を下してもいないので、まだ行けそうだ。然し、ここで栄養補給を切らす訳にはいかない。漸くポケットに忍ばせているガリを試す時が来たかもしれない。 オレゴン州ポートランド出身のナイスガイ、マイケルという陽気なランナーに会った。歳のころは30代前半だろうか。過去に5回100マイルレースを完走しているという。トレイルに落ち着きなく、独り佇んでいたところ追い着いた。どうしたんだと尋ねると、「前方でガサガサ音がしてたんだ、マウンテン・ライオンかもしれないんで、誰かが来るのを待ってたんだよ」。昨年、このレースのルート上で、友人がマウンテン・ライオンを見たという。かなり慎重(臆病)になっているらしい。音のした方向をランプで照らし確かめるが、それらしい気配は無い。ここで立ち往生している訳にはいかない。意を決して二人で暗闇に足を踏み出した。
ロサンゼルスから来たと言うと、最近、彼女がロスに引っ越したため、自分も引っ越しを考えているという。聞いてもいないのに、身の上話をするマイケル。足の進め方はかなり慎重だ。マウンテン・ライオンで臆病風を吹かせたかと思いきや、Western States 100(WS100)の申し込み権を得るために、怪我をせず、完走ありきで今回のレースに望んでいるらしい。岩がゴロゴロして、足元が悪く走り難いのは、今に始まったことではないが、夜間は更なる注意を必要とする。無理は禁物だ。WS100には3年連続で申し込んでいるが、幸運の女神は微笑んでいない。このレースを完走して4度目の申し込み権を確保する事が最優先だという。WS100とは世界で最初の100マイルレースと言われ、過去に数多くの伝説を生み出してきた大会だ。
トレイルランナーであれば一度は夢に見るレースである。 先ほどのボブとは打って変わって、マイケルは天然のハイで、夜道のトレイルを楽しんでいるようだ。このレースは無情にも、こんな陽気な男でもローの闇に引きずり込むのだろうか? 孤独なトレイルでは、様々なことに思いを馳せる時間は嫌と言うほどある。走っている間に何を考えているのか、とよく聞かれる。正直、何も考えていない。「無の境地」などという格好の良いものではない。おそらく、何も考えていないのではなく、覚えていないのだろう。朝起きると、今しがた見た夢の記憶が定かでないようなものだろうか。敢えて言えば、食べ物の事。と言っても、レースが終わったら焼肉食べたいなぁとか、ビールが飲みたいなぁという事ではなく、


「この辺りでジェルで100kカロリー補給しなければならない」、「次のエイドステーションではボトルに2時間分の粉末ドリンクが必要だと」と言った栄養補給である。 この急こう配の坂を下り切れば、次のエイドステーションにつくだろう。往路でも立ち寄った、70マイル(112㎞)地点に位置するノーハンド・ブリッジの筈だ。右膝に痛みがある。いつ始まったか明確な記憶は無い。徐々にというよりは、気が付いたら、かなり痛みがあったという感じだ。ここまで、いささか順調すぎたような気もする。膝の痛みくらいは致し方ない。
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(5/17/2022)

Nick D (ニックディー)
コロンビア、メキシコなど中南米での十数年の生活を経て、2007年よりロサンゼルス在住。100マイルトレイルラン、アイアンマンレースなどチャレンジを見つけては野山を駈け回る毎日。「アウトドアを通して人生を豊かに」をモットーにブログや雑誌への寄稿を通して執筆活動中。
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