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Vol.11 ▶︎12時間に及ぶ長い闇の始まり・昇らぬ太陽
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川沿いのトレイルは山道に変わり、やがて急勾配の登りとなった。背後の夕焼け空は既に色褪せて、夜の訪れを告げている。気温も下がり始めた。開けた場所で立ち止まり長袖のレイヤーを着込む。帽子のつばを後ろ向きに変え、ヘッドランプを装着し夜の準備をする。まだ暫くはランプの明かりは必要なさそうだ。後方から追いついてきた大柄なランナーは、「日が暮れてよかったぜ」、みたいな言葉を呟きながら、横を通り過ぎて行った。暑さが苦手なのだろうが、これから訪れる夜に不安はないのだろうか?ここから12時間以上に及ぶ、長い試練が始まる。 闇は静かに、そして容赦なくトレイルを覆った。1時間半ほど走っただろうか、午後7時45分。日没後、初めてのエイドステーションに着いた。59マイル(94㎞)地点。今回のルートの最北端、一番遠いところに位置するアウバーン・レイク・トレイル・エイドステーションである。ボランティアが持って来てくれたドロップバッグを抱え椅子に腰を下ろした。 バッグには、ティーシャツの替え、予備のシューズとソックス、そして厚手のレイヤーが補給食とともに入っている。今朝の冷え込み具合から見て、今晩もそれほど気温は下がらないだろう。天気予報は事前に何度も確認してある。厚手のレイヤーをバッグに戻した。ティーシャツを着替えるか迷った結果、厚手のレイヤーの代わりに、シャツの二枚重ねとした。
夕暮れに染まるアメリカン・リバー。これから長い闇が待っている。
多くのランナーは途中でソックスやシューズを履き替える。ハーフサイズ大き目の予備のシューズは用意してあるが、グランドキャニオン南北リム往復の際にも使った、愛用のアルトラ・オリンパスは、ここまで期待を裏切ることなく、快適な走りを提供してくれている。幸い、足のむくみもない。しばし考えた後にソックスと一緒にバッグに戻した。 隣には30歳代くらいの男性が座っている。先ほどから背中を丸め、頭を両膝に埋めるような姿勢で、ほとんど動いていない。調子が悪いのは一目瞭然ではあるが、敢えて「How are you doing buddy ?」と尋ねると、「いつもはもっと調子いんだけどな」と、返事だか独り言だか良くわからない呟き。コーラでも飲むか?と尋ねると、「大丈夫だ、気にしないでいいよ」と声のトーンもかなり沈んでいる。名前を聞いたが、覚えていないので、とりあえずボブと呼ぶことにしよう。 フルマラソンを走ったことがあるランナーなら、経験したことがあると思うが、レース中は少なからず気持ちの浮き沈みがある。距離・時間が延びるほど、このムード・スイングは大きくなる。100マイルレースともなると、気分が高揚するハイはどこまでも高く、逆に落ち込んだ時のローは何処までも低くなると言われる。山深いトレイルでロー状態に陥った場合は、途中で止めたくても逃げ道は無い。トボトボと次のエイドステーションまで歩くのが、唯一の選択肢であるが、その間に立ち直るランナーも多い。 一方で、ボブの様にエイドステーションで気が萎えてしまうと、また立ち上がって走り出すのは至難の業である。過去にも、エイドステーションで座ったまた気力を失い、途中リタイヤを余儀なくされた選手を幾度となく見てきた。程度の差こそあれ、誰でもが経験するローの状態を、如何にやり過ごすかが完走のカギとなる。ウルトラマラソンが、メンタルがモノを言う競技だと言われる所以である。この後、ボブは立ち上がって、再び走る事ができたのだろうか?後になって知ることだが、370名ほどが参加した今大会Rio Del Lago 100 Mile Endurance Run。完走者は244名。好天に恵まれた大会であったが、三分の一に当たる126名がゴールに辿り着けなかった事になる。
エイドステーションの距離や到着予定時間、カロリー補給プランなどを記した表。完走予定タイムは29時間
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(5/11/2022)
Nick D (ニックディー)
コロンビア、メキシコなど中南米での十数年の生活を経て、2007年よりロサンゼルス在住。100マイルトレイルラン、アイアンマンレースなどチャレンジを見つけては野山を駈け回る毎日。「アウトドアを通して人生を豊かに」をモットーにブログや雑誌への寄稿を通して執筆活動中。