山の精霊との遭遇 | Rio del Lago 100 Mile Endurance Run

Nick Dの冒険大陸

Vol.8 ▶︎75マイル地点、スタートから20時間後の山中

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Rio del Lago 100 Mile Endurance Run、略してRDL100と呼ばれる北カリフォルニアで開催されている100マイル(160㎞)レース。参加者は370人程度、それらが160㎞に散らばっている。ここまで20時間の行程で一時間以上に渡って、他のランナーに会わないことも度々あった。レースのルールでは、45マイルのエイドステーション以降、ペーサーと呼ばれる同伴ランナーを得ることが認められている。 夜中の山道を数十マイルに渡って、一緒に走ってくれる友人がいるランナーは幸せ者である。多くのペーサーは地元のボランティアだ。私にとって初の100マイルレースである今回のチャレンジ。敢えてペーサーなしで一人で走る事を選んだ。前日のゼッケン受け取りの際に、「ペーサーは?」と尋ねられ一人で走ると告げると、「オ~、グッドラック 」の反応。初の挑戦でペーサー無しで走るランナーは少ないようだ。丑の刻、一人走る山中で今更ながら、ボランティアの好意を受けていれば良かったと、後悔の念が頭をよぎる。
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同じ過ちは二度と繰り返さないように、ルート上のオレンジ色のリボンと反射板を慎重に辿ること十数分。突然20メートルほど前方の開けた場所を大きな影が横切る。手持ちのランプを影の方に向ける。そこに照らし出された姿は・・・・。 ネコ科の大型動物だ。対になった目がランプの光を反射している。双方、足を止めて見つめ合う形になった。この辺りに生息するマウンテン・ライオンである。クーガーあるいはプーマとも呼ばれる夜行性の大型肉食獣だ。突如、目の前に姿を現した獣は、家で留守番をしている愛犬のゴールデンレトリーバーより二回り以上は大きい。不思議と恐怖心はない。光る二つの目は、突然現れたランナーを興味深そうに見ている。 マウンテン・ライオンが獲物を狙う時は、静かに忍び寄り一気に襲い掛かると聞いている。向こうがその気であれば、すでに背後から襲われて無残な姿になっているだろう。ペロペロと舐めまわすだけで見逃してくれるとは思えない。立ち止まっての見つめ合いが続く。怖さは欠片ほどもなく、落ち着いている。マウンテン・ライオンとの遭遇は初めてであるが、対策は心得ている。目を逸らさない、背中を向けて逃げない、体を大きく見せる、近づいてきたら低めのトーンで大声を出しで威嚇する。夜間であれば強い光を当て続ける。手持ちランプの強い光を当てた状態で見つめ合いが続く。時が止まったような感覚に襲われる。
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夜中のトレイル。文字通りの“漆黒の闇”。左上に見える小さな光がルートの目印の反射板
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突然、ランナーへの興味を失ったのか、獣が目を逸らし動き出す。ブッシュの中に分け入っていく。時折立ち止まり、こちらを顧みる。その間、こちらは目を逸らすことなく、ランプの強力な光を当て続ける。やがて光る眼は完全に方向を変え、深い森の中に消えていった。 数分間も対峙していたような気がするが、実際には長くて30秒程度の時間だろう。突然、体が震えた。今になって脳が恐怖を認識したのだろうか?あるいは感極まった震えであるろうか?おそらくその両方だろう。山の精霊にでも遭遇した気分だ。 山の神からエネルギーを注入されたような高揚感に包まれ、再び走り出す。ここからは暫く下りが続くはずだ。俄然、元気が出てきた。勢いをつけるべくカフェイン入りのジェルの封を切る。重力に任せて加速しながら、今しがた出会ったばかりの獣に思いを馳せる・・・ 「再びルートから外れないように、気持ちを集中させよう。待てよ、でも、道に迷ったからこそマウンテン・ライオンに遭遇できたわけだ。方向音痴も捨てたものではない。結果オーライだ」。頭の中で妙な会話が飛び交う。気持ちの切り替えが早いのと、暢気なのは母親ゆずりだ。能天気でなければウルトラマラソンなんてやってられない。先は長い。まだまだ楽しめそうだ。
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(4/19/2022)


 

Nick D (ニックディー)

コロンビア、メキシコなど中南米での十数年の生活を経て、2007年よりロサンゼルス在住。100マイルトレイルラン、アイアンマンレースなどチャレンジを見つけては野山を駈け回る毎日。「アウトドアを通して人生を豊かに」をモットーにブログや雑誌への寄稿を通して執筆活動中。

http://nick-d.blog.jp

 


 

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