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田川知子
Tomoko Tagawa
血液腫瘍専門 医師
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「1902年に曽祖父が熊本から米国に渡ってきました。そこから家族の歴史が始まっています。祖母の介護がきっかけで私はこの地で医師になりました」 こう語るのは日系アメリカ人四世で血液腫瘍・腫瘍学専門医師として日夜がん患者に接する田川知子さん。彼女の家族は、そして彼女はどんな半生を送ってきたのか。軌跡に迫った。
熊本の農家に生まれた彼女の曽祖父・田川仁一郎(にいちろう)は貧困を脱したいと願い、幼かった息子(光雄:知子さんの祖父)を親戚に預け、米国が『Free Immigration』を掲げた時代に夫婦で渡米した。光雄はそのまま両親と離れて日本で育ち、1913年、15歳の時に両親に呼び寄せられ、ようやく移民した。光雄は米国で大人になり、結婚。3人の子宝に恵まれたが、家族の事情で妻と3人の子供は1936年に日本に帰国。知子さんの父・力雄(りきお)はその3人の子供のうちの1人で、小・中・高を日本で過ごした。途中で母と兄妹は米国に帰る選択をしたが、力雄は日本に残り、東京医科歯科大学を卒業。20年の時を経て米国に戻り、米国においても歯科免許を取得すべくミシガン大学へ進学。その後USCで歯科免許を取得し、この地で開業した。知子さんはそんな父に育てられた。「仁一郎、光雄、力雄、私と四世代に渡る歴史があります。私の家族は日本と米国を常に行き来しながら時代を生き抜いてきました」
知子さんは1974年にLAに生まれた。歯医者の父と父のクリニックを手伝う母と姉の4人家族。目立たず周りに溶け込もうとするタイプで、土曜日は日本語補習校に通った。中高は親の勧めで近所の私立女子校に制服を着て通学。「中学生以降は姉と私のどちらかが4年ごとに1人ずつ、夏に2〜3ヶ月間、日本に帰るようにしてくれました。母の実家は東京で薬局をしていたので平日はそこで店番の手伝いをし、休みの日には旅行をしたりして過ごしました」現地校の中高では弁論大会で活躍。高校の時はジャーナリストになりたいと夢見たが父に反対された。
1997年UCバークレー卒業時、母方の祖母が膵臓がんであると発覚。知子さんはクリニックの仕事で帰国できない母の代わりに帰国し、介護を担い、1年後祖母を見送った。点はつながる。これがきっかけとなり、USCの神経学で修士号取得後、医師を志し、2001年から2005年までシカゴメディカルスクールで学んだ。専攻は老人医学。老人というのは65歳以上を指すという。「老人に興味があります。同じ病気でも若い人と老人では違い、治療法を年齢に合わせて考える必要がありますから。毎日似たような状況を繰り返していると患者さんに対しても家族に対しても優しさが薄くなりがちですが、個人への志を忘れないようにと自分に日々言い聞かせています」


(4/3/2025)
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