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榎 智寿  Toshihisa Enoki


僧侶

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■自宅の仏壇前で。2020年12月撮影。

「東本願寺の長男として生まれた。ハワイに渡り、僧侶として活動し、その後アメリカ本土に渡って現在に至ります。自分に起きたことはすべてご縁だと感じています」と言う榎智寿さんは90歳。静かな目と穏やかな表情で、自身の半生を丹念に語ってくれた。

1936年滋賀県生まれ。父は、滋賀にある浄土真宗東本願寺派『光覚寺』の住職。長男として生まれた榎さんはこの寺を継ぐ者として期待され、勿論その期待に応えるように生きてきた。親鸞の仏教精神に基づく浄土真宗の大谷大学に進学。ここで学士号を取得したあと、さらに学びを深めるべく同大学院に進んだ。

大学院に在学中の1960年、東本願寺本山から「ハワイに布教に行かないか」と誘いがあり、海外に憧れていた榎さんはこれを受諾。両親に話すと「3年以内に帰ってくるように」と釘を刺され、それを承諾して出発。のちにこれが人生の大きな分かれ目となったが、当時は知る由もない。ハワイの東本願寺では、日曜日礼拝、サンデースクール、募金集めの活動に従事。「葬儀は、夕方から通夜兼葬式、洋服の上から僧衣、明るい花輪とアメリカ式の葬儀に吃驚しました」

1962年、英語の勉強のために米国西海岸へ渡った。ハワイの仏教会日本語学校の女性教師から、キリスト教牧師へ私信を託されたことがきっかけで、その牧師が住むサクラメントへ向かった。牧師は「ここがあなたの部屋ですよ」と言って暖かく迎え入れてくれた。生け花の免許をもっていた榎さんに、花屋のアルバイト先も準備してくれ、その給料から部屋代を払いたいと申し出たが、「それはあなたのもの。貯金しておきなさい」と言って牧師は決して受け取らなかった。昼は花屋、夜は語学学校に通う生活の中で、キリスト教牧師の教化活動(病院の方を見舞う、家庭訪問する)を目の当たりにしたことは大きな経験となり、「あなたは僕の息子同然です」と家族同然に接してくれた牧師に、人としての生き方を学んだ。

寺の長男であったが、渡米後のさまざまな事情から、実家の僧職を継ぐことはなかった。
1964年LAへ移り、全米の東本願寺を統括する別院で活動を始めた。1967年JALから仏教団体を対象にした団体旅行のマネジメントをしてほしいと懇願され、就職。民間会社の社員であるときは、開教使(外国への布教や国際伝道活動を行うために日本の仏教教団から派遣された僧侶のこと)の仕事はしてはならないというコンフリクト・インタレストを肝に銘じ、2001年10月に僧侶を引退。JALを定年退職後は、ニューポートビーチの東本願寺のお世話をすることになった。「たくさんの人に出会い、たくさんの経験を積ませて頂いて感謝しています。世のため人のため、今後も生きたいと思います」

■2024年1月、さだまさしさんと一緒に。25年前にLAに来られた時からのご縁。
■日本に一時帰国した際、先祖の墓参りへ。

(8/12/2026)

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