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須藤 陽次郎 Yojiro Sudo
カイロプラクター
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医院ウェブサイト https://www.sudochiro.com/
「治療のゴールは、単に痛みがない状態ではなく、その人が本来の生活を取り戻し、自分らしく生きられ、持っている力を自然に発揮できる状態にすることです。体が整うことで、その人のエネルギーや在り方が変わり、家族や周囲にも良い影響が広がっていく。そうした循環を生む医療を目指しています」カイロプラクターの須藤陽次郎さんはこう語る。一日に10人くらいの患者と向き合う日々を送っているそうだ。どんな半生を経て、現在地に辿り着き、未来には何を見据えているのだろう。お話を伺ってきた。
1977年東京都出身。幼稚園からサッカーに打ち込み、クラブチームで競技に没頭する日々を過ごした。「サッカー三昧でした。プロのサッカー選手を目指していました」須藤さんはその後、長崎県の国見高校に進学。国見高校サッカー部は、全国高校サッカー選手権で6度の優勝を誇る全国屈指の強豪校だ。1学年30名が所属する大所帯のサッカー部で、須藤さんは試合にも出れず、ベンチにも座れない3年間を送った。ピンチはチャンス。これが転機になった。「自分はプロになれないと悟りました。進路を変更し、父の領域だったカイロプラクティックを学ぼうと思ったのです」父は1960年代にアメリカでカイロプラクティックを先駆的に学び、帰国後に日本に普及した人物。須藤さんは父の背中を追うように日本カイロプラクティックカレッジを卒業後、父の知り合いの鍼の先生の場所を引き継ぐ形で台東区に自身の医院を開業した。さらに港区でも開業。約10年に渡り、2つの現場で臨床に従事してきた。
「日本での臨床経験を重ねるなかで、より統合的で幅広い視点からカイロプラクティックを学びたいという気持ちが強まっていきました」と語る通り、29歳のとき、さらなる治療技術の向上と臨床の可能性を広げることを目的に渡米。コミカレで学びながら、同時にコミカレのサッカーチームに所属し、1シーズンを通してプレイできたことは貴重な経験となったという。その後、父の母校である南カリフォルニア健康科学大学(SCUHS)で4年間学び、卒業した。「まだここで学ぶべきことがあるはずだ」と直感し、アメリカに残ることを決意。オレンジカウンティーのタスティンで自身の医院を開業した。たくさんの患者が須藤さんの治療を求めてここにやって来る。
須藤さんの視点は高くて広い。「健康は個人だけの問題ではなく、家族・コミュにティ・地域全体に影響するものだと考えています。一人ひとりが自分の体と心に責任を持ち、整えていくことはそのまま地域全体の健康につながりますから。その意味で地域医療は、医療者だけが担うものではなく、地域全体でつくっていくものだと考えています」

場所:17251 17th St. Ste. A, Tustin, CA 92780
電話:(714) 584-5270

(7/23/2026)
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