

2026年FIFAワールドカップ|W杯総括対談
不可避なサッカーの「アメリカ化」
スポーツ大国がW杯で見せた
「アメリカサッカーの未来」
2026年FIFAワールドカップが幕を閉じた。史上初となる48カ国参加、そして北米3カ国共催という巨大なスケールで開催された今大会は、ピッチ内外でこれまでの常識を塗り替える数々のドラマを生み出した。アメリカを拠点にスポーツエージェントとして活躍し、今大会では日本代表の現地サポートも行った林賢冬氏に話を伺い、ベスト32で大会を去った日本代表の検証から、ビジネス面で加速するサッカーの「アメリカ化」の功罪までを分析する。
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現地で感じたサッカー熱
—今回のW杯では、決勝戦や日本戦も含めて現地で10試合ほど観戦されたとのことですが、スタジアムや現地で感じたことを教えてください。
競技の話題からは少し外れるかもしれませんが、スタジアムへの入場や席につくまでの動線が非常にスムーズでした。これまでのW杯では、チケット確認やセキュリティチェックで長蛇の列ができるイメージでしたが、全く並ばずに入れました。
アメリカはスポーツ大国であり、大規模イベントの運営に慣れていることが一因だと思います。最近はMLBなどの試合を観に行っても、昔と比べて格段にスムーズになっています。要因の一つとして、セキュリティチェックの自動化・機械化が挙げられます。以前のようにスタッフが手作業で身体検査を行うような光景がなくなったことが、大きな違いだと見ています。あの運営体制は素晴らしいと感じました。
今回のアメリカ開催には非常に期待していましたが、始まる前はどう転ぶか予測がつきませんでした。ただ、実際に大会が始まると会場を中心に大変な盛り上がりでした。全米どこに行っても、空港やレストランのモニターでサッカー中継が流れていました。かつてアメフトやバスケットボール一色だったアメリカのスポーツメディアの状況が一変しており、この20年での大きな変化を肌で感じました。アメリカのサッカー市場の大きさを再確認できたと思っています。
—日本代表のベースキャンプ地だったナッシュビルは環境面で高評価を得ていた一方、グループステージでの移動負荷は全48チーム中「7番目に高い」というデータが出ました。チームをサポートされていた林さんから見て、コンディションへの影響はどう映りましたか?
ナッシュビルSCのトレーニングセンターは最新鋭で、気候も選手のコンディショニング調整に適しており、施設環境は素晴らしかったと思います。フライトの待ち時間や時差、気候の変化など肉体へのダメージは確かにありましたが、2日前に現地入りしていますので致命的な影響はなかったと考えます。
—今大会を経て、欧州クラブからの日本選手に対する評価はどう変化しましたか?
欧州のスカウトやスポーツディレクターの目に、あらためて「日本選手はビッグゲームでも機能する」という印象を刻みました。MLSのクラブに限らず、欧州のクラブから「日本の選手を獲得したい」という問い合わせが増えています。これまでの「コストパフォーマンスが良い」「働き者」という評価に加え、「戦術理解度が高く、大舞台でも崩れない」と見られるようになっています。
—このW杯で価値を高めた日本人選手を挙げるとしたら誰になりますか?
チュニジア戦で2得点を挙げた上田綺世選手です。ストライカーとしての価値を一気に高め、次の移籍市場の評価に確実に反映されるはずです。また、フランスで積み上げた自信を大舞台でも遺憾なく発揮した中村敬斗選手も存在感がありました。
世界が見せた「哲学の差」とカーボベルデの奇跡
—今大会全体を通して、特に印象に残った国や試合を教えてください。
人口52万人の小国ながら、スペインと引き分け、アルゼンチンにも延長戦まで食い下がったカーボベルデです。特に、40歳の守護神ヴォジーニャ選手のパフォーマンスには胸を打たれました。キャリア終盤に世界最大の舞台で自分の価値を証明した選手です。また、決勝のスペイン対アルゼンチンは、65%のポゼッションと20本のシュートで試合を支配したスペインが、現代サッカーの行き着く先を見せつけた象徴的な試合でした。
—スペインの優勝から、日本やアメリカが学べる強さの本質とは何でしょうか?
個人の天才に頼るのではなく、システムと教育が生み出す集団の完成度です。スペインの成功は、ヨハン・クライフがバルセロナにもたらした4-3-3とポゼッションの思想を30年以上も貫き通した哲学の結晶であり、監督が変わっても育成からトップまで思想がブレません。また、U-14など育成年代のコーチを務めることが名誉とされる文化があり、指導者が目先の勝利だけでなく「選手を育てること」に価値を置いています。日本やアメリカが学ぶべきは、即効性のある結果ではなく「哲学を貫く」姿勢です。
—アルゼンチンの戦いぶりから学べる要素もありましたか?
「逆境の中での耐え方」です。スペインに試合を完全支配されながらも延長戦まで耐え抜いた守備の組織力と、GKエミリアーノ・マルティネス選手の執念には、「勝負に対する執念」がありました。

「アメリカ化」するW杯のビジネス構造
—1次ラウンドのチケットが数千ドルに高騰するなど色々と物議も醸しましたが、ビジネスの観点から見て今大会は「成功」と言えるでしょうか?
「部分的な成功」と言えるでしょうか。空席が目立ち公開販売座席の56%しか埋まらなかった会場があった一方で、大会史上最高の観客動員を記録した日もありました。注目試合とそれ以外の試合で明暗が分かれる二極化が起きたのです。 収益という点だけで見れば、FIFAにいる人たちは、お金儲けができて「大成功だった」と思っているかもしれません。
しかし、スポーツの大会というのは、ビジネス面とファンのエモーショナルな部分が重なって初めて「大成功」と言えるのだと思います。今大会は「収益」というビジネス面が先行しすぎているように感じてしまい、「これってスポーツの本質なのかな?」とモヤモヤした思いが残りました。高いチケットを買うファンを含め、サッカーに関わっている人たちの心はどうだったのだろうかと感じてしまったので、手放しで大成功とは言えません。
—スーパーボウル方式のハーフタイムショーやハイドレーションブレイクなど、演出面での変化も目立ちました。
試合がスポーツの枠を超え、エンターテインメント商品になったといえます。シャキーラ、BTS、マドンナによるパフォーマンスで、ハーフタイムは延長され、サッカーの試合の構造そのものが変わりました。また、ハイドレーションブレイクにより実質「4クォーター制」となり、放送局のFoxはこの6分間の広告枠だけで1試合あたり250万〜900万ドルの収益を生み出しました。サッカーをアメリカのスポーツビジネスモデルに適合させる変更です。私はアメリカでスポーツビジネスに携わる人間として、この方向性の合理性は理解できます。ただ、サッカーの「45分間ノンストップ」という独特の緊張感は薄まったと感じています。
—こうした商業化の流れは今後も続いていくのでしょうか?
逆らうことのできない潮流だと思います。FIFAの収益が過去最大になり、MLSのクラブ評価額が跳ね上がり、スポンサーが殺到している。ビジネスとして成功している以上、組織はこの方向に舵を切り続けます。重要なのは「商業化=悪」と単純化しないことです。アメリカのスポーツビジネスが成熟しているのは、商業化によって選手の待遇もファンの体験も向上してきたからです。NBAやNFLを見ればわかります。問題は「バランス」です。90分のドラマ、最後までわからない結末、選手とファンの生の感情といったサッカーの本質を商業化の中でどう守るかが課題になってくると思います。
(聞き手・文:志村朋哉)

(写真左が林氏)
■林 賢冬(ハヤシ ケント)
スポーツエージェント。MXTO LLC代表。日米のルーツを持ち、滝川第二高校で全国ベスト16を経験後、渡米してUSLのプロチームでプレー。引退後はLAギャラクシーでのインターン、大手広告代理店、レッドブル・ジャパン等でスポーツマーケティングや選手マネジメントなどに従事。現在はアーバインを拠点に、LAギャラクシーの山根視来選手やDCユナイテッドの黒川圭介選手、濃野公人選手などのクラブエージェントを務め、日本人選手の海外挑戦を幅広く支えている。
(8/5/2026)
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