スポーツへの愛が切り開いた道 エンゼルスを支える日系女性の仕事哲学

シェアする

広告

アンディー・ミツダ    


パートナーシップ・サービス部門 シニアマネージャー

ロサンゼルス・エンゼルスの本拠地、エンゼル・スタジアム。数万人の歓声が響く華やかな舞台の裏側で、スポンサー企業と球団、そしてファンを繋ぐために日々奔走する女性がいる。パートナーシップ・サービス部門のシニアマネージャーを務めるアンディー・アヤメ・ミツダさん(34)だ。日本航空と協力して、日系ファンを対象とした無料イベント「ジャパン・デー」を球場駐車場で開催したこともあれば、鉄人シェフの森本正治氏を招いて、日本から空輸したばかりの鮮魚を使い、選手たちに鮨を振る舞う企画をまとめたこともある。「公には知られていないこともありますが、裏方としてこういう面白い企画のお手伝いができるのは楽しいです」とミツダさんは言う。

トップス(スポーツカード)とディズニーのカードパック企画では、キャラクター使用に関する細かい規定をクリアしながら実現にこぎつけた。彼女の毎日は、全く異なる業界のクライアントからの要望を形にする、臨機応変な対応の連続だ。ハワイで日系移民の家系に生まれ育ち、大学では医療の道に進むことも考えていた彼女が、なぜメジャーリーグの最前線で働くことになったのか。

運命を変えたエンゼルス観戦

ハワイのホノルルで育ったミツダさんは、日系4世、5世にあたる家系の出身だ。両親とも、家族は何世代にもわたりハワイに暮らしてきた。父方の祖母は日本語を話す人だったが、ミツダさんが4歳の頃に亡くなっており、「一緒に過ごせた時間はわずかでしたが、もっと長く一緒にいたかった」と振り返る。幼稚園から小学6年生まで放課後の日本語学校に通い、中学・高校でも第二言語として日本語を学んだ。

スポーツとの出会いは、野球好きな父親の影響で小学3年生から始めたソフトボールだった。小柄な彼女は、主にセカンドとサードを守るユーティリティープレーヤーとして、高校卒業までプレーし続けた。転機が訪れたのは、中学生の時だ。オレンジカウンティに住む家族ぐるみの友人を訪ねた際、初めてエンゼル・スタジアムで試合を観戦した。コンコースのトンネルを抜け、カクテル光線に照らされたフィールドを初めて見た感動は、今でも鮮明に覚えているという。

「ハワイにはプロスポーツのチームも、あのような巨大なスタジアムもありません。目の前に広がる完璧に手入れされた天然芝を見た時の衝撃は、本当に大きなものでした」その日の試合はエンゼルスが大勝し、ファンにチキンウィングが無料で配られるプロモーションが行われた。レフトスタンドに座っていた彼女は、ファンが外野手のショーン・フィギンズに向かって「チキンウィングをありがとう!」と叫び、フィギンズがサムズアップで応える光景を目にする。

その熱気に魅了されたミツダさんは、ハワイに帰ってからもエンゼルスの試合を追いかける熱狂的なファンになった。当時の同級生たちは、「いつもエンゼルスグッズを身につけていた子」として彼女を覚えているという。

■2015年からエンゼルスで働くアンディー・ミツダさん。

スポーツビジネスの世界へ

スポーツを観にいくたび、ミツダさんはグラウンドで躍動する選手だけでなく、ヘッドセットをつけて走り回るスタッフたちにも目を向けるようになった。彼らがどんな仕事をしているのか、次第に興味を持つようになった。 バラク・オバマ元大統領などを輩出した地元の私立高校プナホウ・スクールに通っていたミツダさんは、多くの同級生と同じようにアメリカ本土の大学への進学を決め、ビジネスと運動科学を組み合わせた新しい専攻を打ち出していた南カリフォルニア大学(USC)を選んだ。しかし実際の授業内容は期待と違ったため、もともと得意だった数学や理科を活かせ、医療分野への道も残せる生物学に専攻を変更。並行してスポーツメディア学を副専攻として履修した。 三年生からはUSCスポーツ局のマーケティング部門でインターンとして働き始め、フットボールの試合中のプロモーションやキッズクラブの運営などを任されるようになった。

さらには、ロサンゼルス・ドジャースの慈善活動を担うドジャース財団でのインターンシップにも応募して採用された。当時は車を持っていなかったが、せっかくの機会を逃してはならないとの思いで、球場に通うための車を購入した。スタジアム内でのサイレントオークションの運営や、子供向け野球キャンプのサポートなど、ここでも現場の地道な業務に奔走した。 大学卒業が近づく頃には、ミツダさんの心は決まっていた。安定した収入を得られる医師や薬剤師の道に進む友人たちを横目に、彼女は大好きなスポーツビジネスの世界へ飛び込むことを選んだ。 「大学の専攻が必ずしも自分のキャリアを決定づけるわけではないと気づきました。現場での経験を積むうちに、スポーツの世界で生きていけるという自信が少しずつ芽生えていったんです」

「Say Yes」の精神で掴んだキャリア

大学卒業後、彼女が初めて得た職は、ロサンゼルス・レイカーズのコーポレート・パートナーシップ部門でのインターンシップだった。現在のキャリアに直結する仕事内容だが、当時は学生時代に経験したことのない業務への不安や、正社員ではないことへの葛藤もあった。しかし、「歴史ある名門組織で働けるチャンスを逃す手はない」と自らを奮い立たせた。看板広告やハーフタイム中のイベントなど、スポンサー契約の内容を現場で形にする実務をこなした。企業がチームを通じてマーケティングを行うのを助けるコーポレート・パートナーシップは、形は違っても本質的にはUSCのマーケティング部門と似た仕事だと気づいたという。

レイカーズでのインターン期間が終わりに近づいた頃、当時の上司や担当していたスポンサー企業を通じて、エンゼルスのラジオ局の求人を紹介される。「正直、ラジオの仕事は思い描いていたものとは違いました」とミツダさんは振り返る。それでも、ラジオ局が憧れのエンゼルスと同じオーナーシップの下にあり、オフィスも共有していると知り、新しい経験を積む好機と捉えて飛び込んだ。営業コーディネーターとして、ラジオ広告の受発注業務などのサポートに携わった。そして真摯な仕事ぶりがエンゼルスの球団幹部の目に留まり、わずか半年後には球団本体のパートナーシップ部門へ引き抜かれることになった。

「自分の理想の道とは違っても、まずは挑戦して経験を積む。機会が巡ってきたら、とにかく『Yes』と言って飛び込んでみる。私のキャリアは常にその連続でした」

■2025年のホーム開幕戦で、同僚たちと記念撮影。

多様な業界のスポンサーと向き合う日々

エンゼルスではパートナーシップ・サービス部門のコーディネーターとしてキャリアをスタートさせた。担当する企業ごとに、契約内容を現場で実現する日々を積み重ねた。

2019年末にアカウントマネージャーを経てマネージャーに昇進し、直後に新型コロナウイルスの流行という未曾有の事態に直面。スタッフや業務のあり方が大きく変わる中、スポンサーとの関係維持に尽力した。そして2021年、シニアマネージャーに昇進。エンゼルス在籍は11年に及ぶ。

現在は自身の担当顧客を持ちながら、3人のアカウントマネージャーと2人のインターンから成るチームを率いる。営業チームとも密に連携し、既存の契約関係を維持するだけでなく、新規契約の提案に使えるデータや実績のとりまとめ、看板広告など球場内スペースの管理も担う。ミツダさんの部署は、ピーナッツを売る企業からタイヤメーカー、飲食チェーンまで、多種多様な業界のスポンサーを抱えている。クライアントの目的は、球場内の看板によるブランド認知度の向上だったり、従業員をVIP席でねぎらったりと様々だ。契約書に書かれていることだけをこなすのではなく、他部署を巻き込みながら、頼まれた以上のことをやってのけるのが部署の流儀だという。

球場の名物企画の一つ、子どもが外野から三塁まで走る『スティール・サード』や『バットキッズ』の選出枠は、彼女の所属するパートナーシップ部門を含む球団内の各部署に割り振られている。スポンサー企業の社員表彰や抽選企画として活用されるほか、シーズンシートホルダー向け、日系デーなどの企画に応じて、あるいはSNSやキッズクラブを通じて選ばれることもあるという。

■2018年には日本航空と協力してジャパン・デーを企画。

泥臭い現場で磨かれた気配り

エンゼルスとスポンサー契約を結ぶニットータイヤU.S.A.の名誉会長であり常勤顧問を務める水谷友重さんは、長年の付き合いがあるミツダさんの仕事ぶりを絶賛する。

「アンディーさんの部署は、次々と舞い込むスポンサーからの難題を処理する部門です。彼女はその正確さと迅速さが抜群で、スポンサーの皆が頭の中がどうなっているのかとビックリするほどのキャパシティを持っています。さらに、彼女は言われなくても思いやりあふれた対応で感動させてくれます」

例えば、早めに球場に着くことの多い水谷さんの企業広告は早い時間帯に表示するよう調整している。「水谷さんはいつもそれに気づいて、わざわざ写真を送って感謝を伝えてくれるんです」とミツダさんは話す。こうした気配りの秘訣を尋ねると、彼女はこう答えた。

「観察すること、そして相手が何気なく口にしたことを覚えておくことだと思います。ふとした一言にも、それを口にする理由があるはずで、次に同じ話題が出た時のために覚えておくようにしています」日本的な気配りが自然と身についた背景には、ハワイで日系人として育った幼少期の経験がある。日系企業の手土産の習慣なども、ハワイで育つ中で自然に理解できたという。

大谷翔平選手や菊池雄星選手などと同じ球団で働くことについて、ミツダさんは日系アメリカ人としての誇りを口にする。「日本の名字を背負って活躍する選手を見るのは特別な気持ちです。日本人ファンが球場に足を運ぶようになる、その広がりを見るのも楽しいですね」

今や部下を率いる立場になったミツダさん。夜間や週末の勤務も多く、家族や友人との時間を犠牲にすることも少なくない。「よく『オフシーズンは何をしているの?』と聞かれますが、実際には次のシーズンに向けた準備が絶えず続いています」と、外からは見えにくい仕事の実情を明かす。それでも彼女がこの仕事にやりがいを感じるのは、自分が手掛けた仕事が誰かの記憶に残る瞬間を作れるからだ。かつて自分が球場でもらった帽子を今も大切にしているように、今度は自分がファンや子どもたちに一生の思い出を届ける側になった。

■2014-2015年にはレイカーズでインターンとして働いた。

次世代へのメッセージ

アメリカのスポーツ業界を目指す日本からの若者や留学生に向けて、ミツダさんはこうアドバイスを送る。
「まずは、どんな仕事でも目の前にある機会を逃さず『Yes』と言ってみてください。インターンシップは決して華やかな仕事ばかりではありません。私も部下にお願いする仕事は、自分自身でも台車を引いて地道に現場を走り回る覚悟でやっています。最初は思い描いていた道と違っても、そこで良い態度で全力で取り組めば、必ず次の扉が開きます」

彼女の根底にあるのは、幼い頃に父親から言われた「一番になる必要はない。ただ、常に自分のベストを尽くしなさい」という言葉だ。「結果より、そこに注いだ努力の方が、いずれ自分を遠くまで連れて行ってくれると思っています」とミツダさんは語る。スポーツへの情熱と、地道に現場を走り回る覚悟。ミツダさんのその実直な姿勢こそが、アメリカのプロスポーツビジネスの最前線を支えている。

取材・文 志村 朋哉

■ハワイに住む父・ランスさんと母・ミシェルさん。

(7/22/2026)

記事をシェアする

ランキング

よく読まれています

  1. グリーンカード取得に新たな壁? 米国市民権・移民局が審査強化へ(7/20)
  2. 生活支援を受けたらグリーンカード申請に影響? トランプ政権が再始動させた移民審査強化(7/21)
  3. F-1ビザに新ルール 米国留学を目指す日本人が知っておきたい変更点(7/20)
  4. 「野菜を酢で洗えば寄生虫を殺せるのか?」SNSで話題 サイクロスポラ症、専門家が教える“正しい野菜の安全対策”(7/17)
  5. 1,600人超が発症…レタス感染騒動、検査ミス発覚も終わらぬ原因究明(7/20)
ランキング一覧はこちら >

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。