【ロサンゼルスで暮らす人々】できないことはない やるかやらないかの選択があるだけ

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木村美優
Miyu Kimura


ラッパー/保育士

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■ラッパーMYIYUとしても活動中の、保育士 木村美優さん。将来は自身のホームデイケアを開園するのが夢。

木村美優さんは3つの顔を持つ。ラッパー、保育士、そして「よさこい渦丸」副リーダー。
ラッパーとしての活動名はMYIYUで、彼女の音楽はApple MusicやYouTubeで聴くことができる。独特のリズムに乗って繰り出される言葉は自身や世の中に鋭い視点を持てなければ書けるものではない。彼女はどんな歩みを経て、サンノゼに辿り着いたのだろう。彼女の来し方を伺ってきた。

1995年青森県外浜町出身。小さい頃から幼稚園の先生への憧れを抱いていた。5歳下の妹がよさこいをやっていたので身近に感じながらも、木村さん自身は小3から中1まで地元に根付いていた和太鼓に夢中になった。中学から入ったバスケ部と女子野球部が忙しくなったことから「もういいかな」と思い、和太鼓チームを抜けたのは中1の時。決断は早い。

彼女の商業高校は遠かった。家から駅まで自転車で15分、駅から青森駅まで電車で45分、青森駅から高校まで2台目の自転車で30分。「昔から女の子が興味があるものに興味がないんです」と語る通り、マネージャーから始めたボクシング部で頭角を表して、すぐに選手に。バイタリティ溢れる木村さんは高1の夏休み、青森駅前のコンビニでアルバイトを始める。稼ぐということに没入し、高校を辞めて働きたい気持ちが彼女を覆った。しかし父は「せっかく入った高校なんだから卒業しよう」と説得。ピンチはいつだってチャンスになるものだ。その頃クラスメイトの女の子と仲良くなった。大好きな親友が通うから自身も学校に通い続けることができたという。親友は結局、生涯の友に。同じ頃、ヒップホップに出会ったことも大きかった。言いたいことを普段からノートにメモし、好きなビートを探すうち、ラップを作るように。高3の時、深夜バスで上京し、ステージに上がって歌った。高校生ラップ選手権大会に出場し、TV番組に出演したこともある。

卒業後は昔からの夢だった保育士になるべく、特別支援学級の資格も取れる東京の短大に3年間通学。短大3年時に見つけた銀座の24時間のインターナショナルプリスクールでアルバイトを始めたところ働きが認められ、卒業後は正社員として採用された。そのうちに「ヒップホップの本場アメリカに行ってみよう」との思いが固まっていき、オペア制度(海外のホストファミリー宅に住み込み、子供の保育を担うプログラム)を利用して2019年渡米。オペア中に米国人のご主人と出会い、結婚。サンノゼによさこいがあると聞き、2021年から加入。現在は保育士をしながら、よさこい渦丸の副リーダーとしてチームを牽引中。音楽活動も順調で昨年度ライブ活動も再開した。「人間ってできないことはないと思うんです。やるかやらないか、その選択があるだけです」

■ライブ後、見に来てくれたお客さんと。
■ラップは魂の叫び。今後は音楽制作にもさらに精力的に取り組みたいと話す。

(5/28/2026)

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