
.
ファウラーゆかり
Yukari Fowler
Yosemite Mariposa Tourism Bureau(ヨセミテ マリポサカウンティ観光局)
Travel Trade Representative
.
.

「東京にある欧州やアフリカ専門の旅行会社で20年以上働きました。旅行を文化交流として考えている会社で、個人ではできないことを体験して頂き〝一生語れる旅を〟という視点で企画してきました」ファウラーゆかりさんは加州シエラネバダ山脈の中央部にあるマリポサ郡のTravel Trade Representative(宣伝大使)。
ヨセミテ国立公園の面積は3080㎢で東京都の約1・4倍に匹敵し、年間の入園者は430万人を超える。ヨセミテ国立公園はとても広大であるため4つの郡に跨っており、その中の1つであるマリポサ郡のヨセミテ渓谷(約18㎢)に殆どの人が集中して訪れていることは案外知られていない。「ヨセミテ国立公園の90%は手付かずの自然。実は5%に満たない地域に訪問者が集中しています。私のミッションは、四季折々の美しさをお伝えすること、日帰りの観光ではなく宿泊して実際に歩いて自然を体感してもらうこと、リピーターを増やすこと、1泊でも多く滞在してもらうこと、そして自然だけでなくゴールドラッシュ時代を色濃く残す街など、まだ知られていない魅力的な場所を紹介していくことです」
彼女はどんな半生を送ってきたのか。
1965年福岡県門司生まれ。九州最北端に鎮座する関門海峡に面した和布刈(めかり)神社から「ゆかり」と名付けられた。国家公務員の中でも特に転勤が多いとされる海上保安官の父に付き添い、家族は全国を転々としてきた。「次はどこ?」が子供の頃の口癖。山形、新潟、淡路島、函館、東京。大学時代の帰省先は那覇だった。
中央大学国文学専攻では中高の教員免許と図書館司書、司書教諭の資格を取得。「教員になりたいというより一生に一度しかできない教育実習を体験したかったことと、大学に通った証として資格が欲しかった」と語ってくれた。在学中は「わらじの会」で路線バスや徒歩で旅をするサークルに所属。旅行好きというのは昔から変わらない。卒業後は旅行会社に就職。勤続5年後に「実際に外国に住んでみたい」との思いが募ってギリシャに8ヶ月間滞在。彼女に帰ってきて欲しかった会社は、それまでなかった休職制度をつくり、帰りの航空チケットを送った。ゆかりさんは会社の要だったのだろう。
日本文学研究者の夫との結婚を機に2007年に渡米。義両親が住んでいたマリポサの家と自宅との行き来を繰り返すうち、カリフォルニア観光局からの紹介でヨセミテ マリポサカウンティ観光局のアンバサダーとして日本の旅行業界の窓口を担うようになった。「母校での教育実習、アルファベットのわからない国ギリシャでの生活、海外移住、国際結婚。全てが好奇心でこれまで来たように思います。人生一回きりなので色々な経験をして楽しまないと損ですよね」


(9/25/2025)
.
.
.
.
