【ロサンゼルスで暮らす人々】日本舞踊に捧げた人生 恩返しの気持ちをこめて

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LA暮らし

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坂東秀十美
Hidesomi Bando


日本舞踊家

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■■日本舞踊家の坂東秀十美さん @bandohidesomi

「自分の家族を持つことと日本舞踊の先生になることが昔からの夢でした。今はそれが両方叶って幸せです。坂東秀十美30周年記念リサイタルは1月18日(土)にリトルトーキョーのアラタニ劇場でおこないます。テーマは『恩返し』。前回のイベントから20年が経ちました。30周年記念リサイタルは私にとって次の目標への第一歩です。ぜひ足を運んで下さいね」こう語るのは日本舞踊家の坂東秀十美(ばんどう・ひでそみ)さん。彼女はどんな半生を経てきたのか。

 加州トーランス出身。父と母と妹の4人家族。家の中は日本語、外は英語という環境で育った。母は体が強くない秀十美さんを心配し「習うならスポーツより日本舞踊がいいだろう」と直感し、彼女が3歳の時、ガーデナで日本舞踊教室を開いていた坂東三津拡師匠のもとへ連れていった。母の思惑を超えて、秀十美さんは忽ち日本舞踊の虜になる。「日本舞踊が大好きで、時間があればお稽古に行きました」この時を起点に、日本舞踊の世界に足を踏み入れてから49年の月日が過ぎたというのだから、まさに三つ子の魂百まで。好きなものはとことん好きなのである。

 平日は現地校のあと日本語補習校に通い、土日はみっちり稽古。現地校が夏休みに入ると日本に一時帰国し、日本で稽古に励んだ。11歳の時、坂東家家元9代目坂東三津五郎のご令嬢、坂東秀子師匠に出会った。「私には2人の師匠がいるんです」アメリカの坂東三津拡師匠と日本の坂東秀子師匠の2人だ。この2人抜きには坂東秀十美という日本舞踊家は生まれなかっただろう。

 ノーストーランス高校の時、米国の大学を目指して勉強していた秀十美さんに、三津拡師匠は「日本の大学に行くといい」と勧めた。けれども米国の大学は譲れなかった。三津拡師匠は「秀子師匠と話すといい」と助言。果たして秀子師匠は「あなたは将来何がしたいのか」と問うた。すぐさま「日本舞踊の先生になりたい」と答えると「それなら若い4年間日本で学んだほうがいい。日本にも大学あるでしょう?」その言葉に説得され、慶應義塾大学文学部社会学科へ入学。大学へ通いながら秀子師匠のもとで5年間の修行を重ね、1994年に9代目坂東三津五郎より師範を頂く。1996年米国に戻り、舞踊活動を開始。

 現在はトーランスの舞の会、ガーデナ平原日系文化会館、パサデナ日系文化会館に稽古場を持ち、生徒の育成に励んでいる。生徒は実に3歳から80代までと幅広い。来たる1月18日のリサイタルの見どころは?「今回、日本から舞台、顔師、衣装、床山、かつら屋、後見の方々に来て頂きます。お客様に喜んで頂きたいという思いが一つになり、出来上がる舞台の総合演出をぜひ見て頂きたいと思います」

■長唄「黒髪」 坂東秀十美日本舞踊教室
https://www.bandohidesomi.com/
■長唄「八島官女」
30周年記念リサイタル:1/18/2026 @アラタニシアター
https://jaccc.org/events/ yuubi-elegance-grace-of- nihon-buyo/

(1/8/2026)

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