

林 賢冬
Kent Hayashi
スポーツエージェント(MXTO LLC/Founder CEO)
一流の舞台の裏側には、道を切り開く〝橋渡し役〟がいる。
ロサンゼルスの空は、どこか開放感がある。海風が運ぶ柔らかな陽射しの中、地元のカフェに座り、パソコンとスマートフォンを行き来しながら、世界中のクラブや選手とやり取りをするのは、スポーツエージェントの林賢冬さん。
南カリフォルニアを拠点に、ロサンゼルス・ギャラクシーに所属する山根視来選手などのクラブエージェントを務め、日本人選手の海外クラブへの移籍交渉、スポンサーシップ契約や現地での生活面まで幅広くサポートしている。ピッチには立たないが、その仕事は選手のキャリアにも試合結果にも少なからず影響を与える。
「サッカーのおかげで今の自分がある」と林さんは語る。小学生の頃、カルフォルニアから日本へ移り住み、異文化の壁を越えられたのもサッカーのおかげだった。高校の部活動で鍛えられた〝やり抜く力〟も、現役引退後に進んだビジネスの世界で生き続けている。
2026年のワールドカップ、2028年のロサンゼルス五輪――。二つの大舞台を見据え、林さんは世界を飛び回り、選手の未来をつなぎ、サッカー界への恩返しを続けている。
二つの文化で育った少年期
林さんの原点は、〝ミックス〟にある。
父は日本人、母はアメリカ人。二人はロサンゼルスの大学で出会い結婚した。林さんは幼少期、カリフォルニアやオハイオなどアメリカ各地を転々とした。まだサッカーが今ほど普及していなかった時代。当時は野球少年だった。
転機が訪れたのは、小学校6年生のとき。母の仕事の都合で、家族で日本へ移住した。言葉も文化も違う環境に飛び込み、当然カルチャーショックはあった。それでも、林さんは「嫌な思い出はほとんどない」と笑う。理由はサッカーだ。
「サッカーが盛んな地域で、地元のチームに入ったら、クラスメートもいて、すぐに仲良くなれました。同じ目標を目指していると自然に心の距離が縮まるんです」
振り返れば、日米二つの文化で過ごした経験が、今の仕事の土台になっていると林さんは言う。「いくつもの文化を知っていると、相手の立場を理解して協調できる。これはビジネスを円滑に進めるうえで欠かせない力です」


やり抜く力を鍛えた部活
中学時代、林さんはディフェンダーとして、全国大会で3位に入るほどの強豪校のメンバーとして活躍した。監督は練習に高校生を招くなど、常に高いレベルの環境を用意してくれた。そこでの「成功体験」が、林さんをよりサッカーにのめり込ませた。
高校はスポーツの強豪として知られる兵庫の滝川第二高等学校へ進学。サッカー漬けの日々が始まった。
「授業が終わるのが午後2時で、そこから夜8時くらいまでチーム練習や個人練習をする毎日でした。練習は厳しかったけど、振り返ると楽しい思い出です」
全国大会ではベスト16入り。結果以上に、そこで培った〝やり抜く力〟は今も林さんの支えになっている。
「あの時の厳しい練習を乗り越えた経験があるので、今しんどいことに直面しても何とか乗り越えられるだろうという自信を持っています。不安がないとは言いませんが(どうにかなると思う)、何事も楽しさの方が上回ってしまうんです」
周囲の仲間がプロや大学サッカーを目指す中で、林さんは高校卒業後に母の祖国・アメリカへ渡ろうと考えるようになった。
「他の道を考えたことはありませんでした。自然と〝アメリカで勝負する〟と決めていました」

アメリカでの挑戦
高校を卒業した林さんは、高校時代の恩師の紹介で、ユタ州ソルトレイクシティを拠点とするUSL(当時2部リーグ)所属のプロチーム「Utah Blitzz」に入団した。
アルゼンチン人選手をはじめとする外国人が多く在籍し、ピッチではスピード、フィジカル、ボール扱いなど、すべてにおいてハイレベルな戦いが繰り広げられる。練習や試合を重ねるうちに、トッププロとしてやっていくための資質――強靭なフィジカルや極限までの競争心――が自分には足りないと感じるようになったという。
「時間だけが過ぎていくよりも、別の形でサッカーに関わる道を考えたほうがいいと思うようになりました。サッカーを通じて世界中に仲間ができたし、どこへ行っても受け入れてもらえる。だからこそ、〝どうやってサッカー界に恩返しできるか〟〝どうやったら業界を盛り上げていけるか〟を考えるようになったんです」
その答えを探す中で、林さんはコーチや指導者ではなく、ビジネスサイドからサッカーに関わる道を選んだ。市場を広げるには、内輪でお金を回すのではなく、サッカーに興味のない人も取り込んで、スポンサーや企業など外側から新たに資金を取り込む必要があると気付いたからだ。
世界基準のサッカービジネス
プロ選手を引退後は、カリフォルニアの大学に進学し、スポーツビジネスを専攻。学業の傍ら、同校のサッカーチームでもプレーした。
大学4年生のときには、キャンパス内に本拠地スタジアムを構えるメジャーリーグサッカー(MLS)の名門ギャラクシーで、インターンとして働く機会を得た。当時のギャラクシーには、絶大な人気を誇ったイングランドのデービッド・ベッカムが在籍し、チームもリーグも大きく変わろうとしていた。
林さんは、このインターンを通じて、世界的スター選手がもたらす影響力を肌で感じ取った。長期的な戦略によってビジネスとして成長していくMLSの姿勢も学んだ。
「メジャーリーグサッカーは長期的な戦略を持って発展してきました。大物選手を呼ぶタイミングも計算され尽くしていて、いまはその成果が実を結んでいる段階だと思います」
日本でのビジネス経験
大学を卒業して日本に戻った林さんは、海外企業の日本法人立ち上げを支援する会社に入り、会計や人事、予算管理などのバックオフィス業務を学んだ。
その後、ロサンゼルスに支店をもつ広告代理店に転職し、日系企業のスポーツスポンサー業務を担当。ここで再びスポーツの現場に関わる日々が戻ってきた。
さらに家族の事情で日本へ戻ると、レッドブル・ジャパンに入社。スポーツマーケティング部門で契約選手のマネジメントやイベント運営に携わり、スポンサー獲得やブランド戦略の最前線を経験した。いかに選手やチームの魅力を引き出すか、どうすれば観客やスポンサーを巻き込めるかを考える日々を経て、選手・スポンサー・運営の三方向からスポーツを見つめる視点を養っていった。
「営業やスポンサー業務だけでなく、選手サイドの視点も理解しなければ、将来自分でクラブを運営するにしても不十分だと感じました。その思いが、後に代理人という選択につながったんです」
米国サッカー市場の変化
2018年、林さんはサッカー選手の代理人業務を手がけるスポーツエージェンシーに入社し、FIFAのエージェントライセンスを取得。選手の契約交渉や移籍サポートを行う中で、アメリカサッカーの可能性を改めて感じるようになった。
「アメリカのサッカー市場は、大きく成長しています。僕が20年前にアメリカに来た時とは、環境がまるで違います。今なら『こんなクラブがあるよ』と選手にすぐに紹介できるネットワークや仕組みが整っています。かつては数百万ドルで買えたMLSのクラブチームが、今では500億ドルもの価値がある。その結果として、コーチやスタッフの雇用も増え、サッカーは〝ビジネス〟として確立されつあり、その市場規模はNHLを抜く勢いです」
この夏、プレミアリーグでアジア人初の得点王に輝いた韓国代表FW孫興民(ソン・フンミン)がMLS史上最高額の約2600万ドルでロサンゼルスFCに加入したのは、その勢いの象徴だ。
「孫興民のようなワールドクラスの選手がMLSに移籍することは、今後MLSへの移籍を検討する選手が増え、リーグ全体の競争力向上も期待される」と林さん。
孫選手には同じくロサンゼルスのチームに所属する大谷翔平に匹敵するほどの商業的影響力があると林さんは言う。
「同じエージェンシーに所属していることからも、彼らの何かしらのコラボレーションの可能性もあります」
こうした市場の盛り上がりに加え、26年にはアメリカ・カナダ・メキシコ共催のワールドカップ、28年にはロサンゼルス五輪が控えている。林さんにとって、このタイミングで動かない理由はなかった。
選手の価値を引き出す
2022年末、林さんは家族でアーバインに移住し、スポーツエージェント会社「MXTO LLC(ミクスト)」を設立した。社名は、「環境」「文化」「人種」などが“mix”されている自身のバックグラウンドが由来になっている。
林さんのスポーツエージェントとしての仕事は、契約交渉にとどまらない。抱える6人のクライアントが、ピッチで最大限のパフォーマンスを発揮できるよう、生活面からメディア対応まで、あらゆるサポートを行う。
「僕の会社はブティック型で、抱える選手は少数。だからこそ、一人ひとりと密にコミュニケーションを取り、きめ細かいサービスを提供できます」
また、今年の夏は、FIFAからの依頼でクラブワールドカップに出場した浦和レッズのコーディネーターとして現場の運営を裏から支えた。
日本と世界をつなぐ架け
起業から2年。林さんは、日本と世界のサッカー界をつなぐ存在として着実に歩みを進めている。
アメリカで育った日系人選手の発掘や、日本企業の海外進出サポート、さらには海外クラブの日本進出にも関わるなど、活動の幅も広げている。アメリカの代表チームが今いちパッとした成績を残せない状況に危機感を抱き、育成の場を変えるための事業にも目を向けている。
「スポンサーシップや選手のエージェントなど色々と経験してきましたけど、自分の中ではまだキャリアの過程だと思ってます。やりたいことは山ほどあるので、そうしたプロジェクトに向けて、いろんなことを経験させてもらっているところです」
サッカーが切り開いてくれた人生。日本とアメリカを行き来する中で得た視野の広さと、異文化を橋渡しする力。それらすべてを武器に、林さんは世界中を飛び回り、選手たちのために奔走している。

林賢冬さんへの質問・相談はこちらまで。
E-MAIL: kenthayashi@mxtollc.com
WEB: https://mxtollc.com/
(9/8/2025)
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