
海部優子
Yuko Kaifu
ジャパン・ハウス ロサンゼルス館長
ジャパン・ハウスの課題とは何か
「今まで7年間余りやってきて、ベースが整ったと感じています。名刺を持って色々なところへ伺いますが、以前は〝どちらの方ですか〟と聞かれることがありました。けれども今は〝知っています〟〝行ったことがあります〟と仰ってくださることが多くなりました。知名度が上がっている手応えを感じています。ここは北米で唯一のジャパン・ハウス。今後はハリウッドだけでなく、全米の各地でも予算を工夫しながら、オンラインをはじめ、イベントを企画して、さらに知名度を上げて、日本のアピールへと繋げていきたいと考えています」ジャパン・ハウスロサンゼルス館長の海部優子さんは力強くこう語る。
ジャパン・ハウスは戦略的対外発信の強化に向けた取り組みの一環として、外務省が世界3都市(サンパウロ、ロサンゼルス、ロンドン)に設置した対外発信拠点で、日本の魅力を海外に発信する施設として構想・設立された。ジャパン・ハウスロサンゼルスは2017年12月にギャラリー及びショップ部分が先行開館し、2018年8月に全面開館となった。ここは美術館ではない。日本の国家予算を使い、文化や経済をはじめ様々な分野での日本の魅力を伝え、文化外交を展開する戦略的施設なのである。「国家予算というのは国民の税金で成り立っています。無駄遣いせず、限られた予算の中で素晴らしいものを産み出し、結果を出していかなければならないという使命感を持っています。私たちはKPI(重要業績評価指標)を意識して働いています」KPIとは最終的な目標達成への過程における達成度合いを測る指標のことで、海部さんは定量的KPIと定性的KPIについて熱く説明してくれた。「例えば入場者数は定量的KPIです。これは明確に数値で表されるもの。一方、定性的KPIというのは数値以外のパフォーマンスを指し、カスタマーレビューや訪問者の満足度、ジャパン・ハウスでのイベントが対日認識の向上にどのように役だったか、その結果、どのような関係性が生まれたか、など意見や解釈を汲み取っていくものです。この両方を高めていくことを目指しています」女性リーダーとして重責を担い、活躍を続ける海部優子さん。彼女はどのような半生を経て、現在に辿り着いたのだろう。
国際社会を意識し始めた青春期
神戸出身。父は商社を中途退職後、書店や薬局、音楽教室など様々な事業を手がける実業家。母は熊本で小学校教諭をしていたが、辞めて、夫の事業を手伝っていたため、海部さんから見て両親は「常に忙しい人」だった。家族そろっての休みは稀だったという。四人きょうだいの一番上だった彼女は、小学校高学年の時には家族分の夕食の準備をしていた。父の発想力、その発想を実際のビジネスに変えていく実行力は目を見張るものがあったが、一方で、幼心に「商売というのは公私の別がつきにくくて嫌だな」という感覚が芽生えていったのも正直なところだった。働く母を見ながら育ったためか「女性の幸せは家庭だけにあるという感覚も自分の中には育ちませんでした」と振り返る。
幼稚園は私立だったが、小学校から大学まではずっと国公立を歩んだ。中学校の頃、勉強は好きでも嫌いでもなかったという。夢中になったのはバレーボールで、アニメの『アタックナンバーワン』の影響が大きかった。「走ってボールを拾うのがとにかくおもしろかったんです」と語る彼女は、中学1年の時、すぐに部活でレギュラーになった。しかし、バレーボールが上手い彼女は部内で目立ったため、2年生からいじめに遭ってしまう。いじめに耐え続けるという選択肢もあったかもしれないが、彼女は中2の終わりにバレーボール部を辞める決断をした。「ちょっともういいかなという気持ちがありました。決断は早い方かもしれません」彼女にはいつも冷静なもうひとつの目があるようだ。視野が広い。塾へは行かず、受験勉強は独学で取り組んだ。英語が得意だという自覚はこの頃からあったという。
兵庫県下でも有数な進学校の神戸高校に進学した。英語の軽やかなリズムが好きで『映画音楽の世界』と題した音楽アルバムを聴いては、英語の歌詞を楽しんだ。その歌詞の向こうに、自分が見たことのないビジョンや風景が広がり、外国への思いを少しずつ募らせていった頃でもある。留学したいと願い、両親に思い切って相談したが「危ない目には遭わせられない」と保守的な父に猛反対され、願いは実現しなかった。しかし反対されれば、逆に思いは募るもの。国際社会に出たいという気持ちが、彼女の中で着実に熟成されていた。
高校卒業後、奈良女子大学へ進学。独身時代、学校の教諭をしていた彼女の母にとって、教育者養成といえば『東のお茶の水』、『西の奈良女子』は憧れの学校だった。娘が自分の叶えられなかった夢を叶えるのを楽しみにしていた。その思いを受け取った海部さんは「家を出ることは許されなかったので自宅から通える範囲でなるべく遠くに行きたかった」という理由で、この大学を選んだ。通学が大変になるということはいっさい考えなかった。片道1時間40分。「その分、読書ができましたよ」と笑って話してくれた。在籍したのは文学部社会学科。教育者の育成で有名な大学であったが、本人曰く「へそ曲がりな性格」だったため、教員免許は取らなかった。今でも憶えている授業のひとつに、英文科で学生に厳しいことで有名な某教授の授業があった。初回の授業で「今いる50人のうち、英文科以外の生徒はいますか」と質問された。もちろん手を挙げた。手を挙げたのは自分を含め2名だった。先生はこう続けた。「僕の授業は他学科の生徒がついて来れるほど生易しいものじゃありません」と。彼女のハングリー精神は大いに刺激された。無論、彼女は英文科の生徒を差し置いて、最高の成績を取ったのである。その後、その教授とは授業以外でも米文学について雑談する仲になったという。彼女は認められるまで食らいついて努力をする人だ。妥協はしない。このマインドが彼女のキャリアを常に支えてきたのではないか。
やればできるという感覚を信じて
大学卒業後、外務省に入省するために試験を受けた。自分なりに過去問を勉強したが、東京にあるような専門の塾に通っていたわけではなかったため、自分の実力がどの程度であるか、本番まで皆目わからなかった。両親は「うまくいくわけはないだろう」と見ていたようだが、彼女はやってみなければわからないという精神を持っていた。一次試験を大阪で受験し、日本語および英語での面接等の二次試験を東京で受けた。結果は合格。万全に準備する者は結果を制する。幼い頃から想い続けた国際社会で働きたいという夢を実現した瞬間だった。印象的なエピソードを添えよう。面接で結婚についての質問を受けたとき、彼女はこう答えた。「結婚を第一には考えていません。自分の働く姿に共感してくれる人が現れたら考えます」
彼女のキャリアは、現代を生きる女性に強いメッセージを与えるだろう。女性だから、海外出張が多いから、子育てとの両立が難しいから、介護があるから。たくさんの壁が女性の人生には立ちはだかる。ガラスの天井という言葉が言い古されるほど、女性がキャリアを重ねる困難さを物語っている。海部さんはそれらを乗り越え、キャリアを作ってきた。外務省入省後の在外研修先はカナダ。クイーンズ大学で修士号を取得後、首都オタワの日本大使館に勤務し、政務班で書記官として活躍。カナダから帰国後は、外務省の北米局や経済協力局、総合外交政策局、文化交流部など様々な部署で任務にあたった。2001年に在ロサンゼルス日本国総領事館に赴任。この時にはすでに幼い子供がふたりいた。目の回る忙しさだったが、ひとつだけ決めて守ってきたのは「食事だけは私の手で作る」こと。給料の半分を注ぎ込んでベビーシッターを雇いながら生活をまわした。LA赴任には子供を帯同すると決めていたが、結局夫も仕事を休職してついて来てくれた。その後は、全米日系人博物館副館長、ユニオンバンク広報部を経て、現在のキャリアに至る。
ジャパン・ハウスをもっと活用してほしい
ジャパン・ハウスの企画展は入場料無料であることは存外知られていない。さらにいえば、バリデーション(施設利用による駐車割引)もある。同建物(Ovation Hollywood)内、地下2階から6階は駐車場となっており、最大4時間まで3ドルで車を停めることができる。朗報だ。ジャパン・ハウスロサンゼルスはこれまで24の企画展を実施してきたが、企画展には2種類ある。ひとつはLA、ロンドン、サンパウロの3拠点をまわる「巡回展」、もうひとつはジャパン・ハウスロサンゼルス独自の「オリジナル企画展」だ。現在は、日本の放送100周年を記念してNHKが日本で展開している「新ジャポニズム」プロジェクトの一環で、『NEO-JAPANISM』というオリジナル企画展をおこなっている。文化財の超高精細8K3DCGを駆使したサムライなどの日本の伝統文化を紹介する展示会で、「NHKと新ジャポニズム」「サムライの世界」「江戸時代の絵画」「文化財と建築物」の4つのセクションで構成されている。注目すべきは、2023年の大河ドラマ『どうする家康』で使用された城郭建築の3DCG映像と、中尊寺金色堂の高解像度3Dスキャン。それらを間近に見ることができるまたとないチャンスだ。「ぜひ日本人の方たちにもおいで頂きたいと思います。企画展は3ヶ月から6ヶ月の期間で開催しますが、今年9月下旬からは日本の食品サンプルのすばらしさをお伝えする展覧会を企画しています。ぜひ足を運んでみて下さい。ご来場をお待ちしています
現在開催中の企画展
NEO-JAPONISM / SAMURAI AND BEYOND:
Visualizing Tradition through Technology
・開催期間:2025年2月14日(金)〜2025年9月1日(月)予定
・開館期間:平日11AM 〜7PM 、週末 11AM〜8PM
・入場料・無料
・会場:ジャパン・ハウス ロサンゼルス 2階ギャラリー
・住所:6801 Hollywood Boulevard, Level2, Los Angeles, CA 90028

海部優子
ジャパン・ハウスLA館長。神戸出身、奈良女子大学卒業。カナダのクイーンズ大学で修士号取得。外務省入省後、在ロサンゼルス日本国総領事館領事、全米日系人博物館副館長、ユニオンバンク広報部を経て現職。それぞれの分野は違えど、常に「日本と米国を繋ぐ」使命を持って歩んできた。
.
.
.

