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大野賢二
Kenji Ono
アニメーション監督/アニメーター
Nickelodeon Animation Studio, Supervising Producer
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「絵は子供の頃から好きで、元々は父の影響で油絵画家になりたいと思っていました。美大でイラストレーションの勉強をして以降は、絵と人の心を動かすおもしろさに魅了されてアニメーターを志すようになりました」ニコロデオン・アニメーション・スタジオでアニメーション監督としてグループの指揮をとる大野賢二さん。このスタジオはパラマウント・グローバルが所有・運営しているアメリカのアニメ制作会社で『スポンジ・ボブ』などで有名だ。彼は一体どんな半生を歩んできたのだろう。
1976年、東京都文京区出身。父は株式会社トーメンの商社マンで船舶が担当だった。父の仕事の都合で1歳から6歳まで家族とともにブラジルのリオデジャネイロで育った。父と母、そして兄、弟の5人家族だ。家にはポルトガル語を話すお手伝いさんが常にいて、現地の幼稚園に通っていたという。父は油絵が趣味だったため、小さい頃から絵が好きだった大野さんの良き理解者であった。
6歳のとき日本に帰国し、再び東京に住まいを構えた。ゴミゴミした大都会・東京に「なんだか日本は息苦しいな」と思いながらも周りの子たちと同じように小4から塾に通い、勉強に励んだ。一方で、父と一緒に絵の具を持ってお寺や建物を見に行き、父から絵を教わった。公立中学に1学期だけ通った13歳のとき、今度はインドネシアのジャカルタへ引っ越すことになった。本人曰く「深く考えず波に乗っていけるタイプ」で3〜4ヶ月で現地の生活に慣れた。日常生活の中にイスラム教の文化、学校生活の中にアメリカの文化を感じながら、外で遊ぶのが大好きで野球やスケボーに夢中になった。その時「ここが自分がいるべき場所。将来はアメリカに行きたい」という意思が固まった。日米での表現の仕方が違い、目立たないようにする日本人よりも、個性を軸にして輝こうとする外国籍の生徒の在り方がよりフィットした。ESLクラスには日本人が4人いたが、大野さんは日本人で固まりがちな彼らとは合わなかった。最も気が合ったのはニコというオランダ人。毎日二人で悪ふざけをした。
高校3年の時、再び日本に帰国となり、横浜インターナショナルスクールへ通うことを決めた。美術の先生に進学先を相談したところ『美大のハーバード』とされているロードアイランド・スクール・オブ・デザインを勧められた。合格後、大学でイラストレーションを本格的に勉強。3年生の時、アニメーションが自分の道だとわかった。卒業後はLAへ。『シンプソンズ』、『ボス・ベイビー』(2017)や『My Dad the Bounty Hunter』(2023)などこれまで手がけたものは数知れず。現在は2027年公開の『アバターセブンヘブンズ』の制作に監督として取り組んでいる。


(6/13/2025)
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