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aile エル
シンガー/ソングライター
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「自分が歌うことで人の心を癒すことができるなら・・・」その思いを胸に、自分の歌を求める人々がいれば遠くへでも足を運びたいと話すaile(エル)さん。4月27日には日本祭りで歌うためユタ州を訪れる。ここへの道のりの中では、19歳で車の大事故による車イス生活、3年前には乳がんの闘病生活という人生のどん底から復活を果たし、今また再びゼロからのスタートを切ったばかりだ。
実家は岐阜県の田畑に囲まれ、のどかな土地で育ったという。「両親は歌うのが好きでしたが、歌うのはフォークソングや演歌。私も子供の頃は昭和のアイドルに夢中になっていたものです。そんな自分の音楽に対する考えを変えたのが、高校の時に知り合いからもらったカセットテープ。そこに入っていたのはビリー・ホリデイにジュリー・ロンドンといった史上最高のジャズシンガーたちの重厚でメランコリックなサウンド。これぞ私が求めていたもの!ジャズや古きR&B、ソウルをむさぼるように聴き始めました」
時は流れて、19歳で初めて勤めたのが金融機関だった。当たり前だが、1円の間違いも許されない厳しい仕事。「精神的疲労がもとで大きな交通事故を引き起こしてしまい、膝を割るなどの全身大ケガ。用意していた成人式の着物も着ることなくリハビリ生活に。私の人生、好きなこともできないまま終わっちゃうの?絶望的な虚しさが、必死にリハビリを頑張って回復してみせる!っていう熱い気持ちに変わった」
怪我からの復活後、名古屋でラジオ局主催のオーディションで準優勝に輝いたことが転機となり、クラブイベントを中心にライブ活動を展開。2002年に大手レコード会社からR&Bシンガーaileとしてメジャーデビュー。しかし自身は本場のゴスペルも経験したことがないのに、うわべだけで歌っている気がして納得がいかなくなったという。「レコード会社の契約終了後、NYに飛び、ハーレムの街で暮らしました。教会で生のゴスペルを見た時、人々はまるで神が降りてきたみたいに、激しく涙を流しながら歌っている。生半可な気持ちじゃ立ち入っちゃいけない領域だと思った。じゃあ、私は自分のアイデンティティを表現するためには、ジャズでも歌謡曲でも、これまで自分の体が吸収してきた全てのことを胸張ってオリジナルにしていけばいい、と悟りました」。LAではハリウッドの音楽大学のジャズボーカルコースを専攻。2014年に発表、亡き母へ捧げた『SAKURA』は自身の中でも一番思い入れのある曲だと話す。
子育てが少しだけ落ち着き、音楽を再開しようとした矢先の2021年には乳がんが発覚。抗がん剤治療などを重ね死の淵を味わった。「自分にとって、『個』として生きるエネルギーを感じられるのは、歌を歌って発信すること。心の癒しを必要とする人のために歌っていきたい。今、強くそう思います」。
(4/24/2024)
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aile(エル)さんの歌声は本当に体の奥まで染み渡る、癒しのボイスを持ってると思います。病気という病と闘っている方、生きる希望を無くしている方、日々の生活に疲れを感じている方に、優しく語りかけてくれる歌声。本当に心が震えるほど素晴らしいお人柄、そしてとびきり美人。こんなエルさんを私は応援しています。そして、この掲載記事のように、いろんな経験をしてらっしゃる。人の痛みがわかる優しい方だと思います。これからもっともっとたくさんの方の心に語りかけてくれることを信じています。これからも頑張ってください。