Koji山口: 車と人の歴史に思い巡らす ジャパニーズクラシックカーショー

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Koji 山口
Koji Yamaguchi

ジャパニーズクラシックカーショー主催者

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右が山口さん。写真:Brock Racing Enterprises (通称BRE)を設立し、日野、日産、トヨタなどのメーカーと組んでレース活動を行ったことで知られるピート・ブロック氏と。「BREは、日本車をアメリカ全土に広めたと言っても良いくらいの伝説のレースチーム。アメリカで日本車の歴史を語るには、絶対に外せない人です」

2005年に第一回目を開催したジャパニーズクラシックカーショー、そして1995年にスタートしたオールトヨタフェスト。600台にも上る銘車が大集結し、およそ1万人の入場者を数える日本車ファンにはお馴染みの旧車の祭典を長年、妻のテリー山口さんと二人三脚で主催するKoji山口 さん。

 毎年6月と10月に開催されるこの二つのクラシックカーフェストは、ロングビーチ港に浮かぶクイーンメリー号を対岸にしたマリーナ・グリーン・パークが会場。「展示する車をいかにかっこよく美しく見せられるかは、配置が肝心。白線も何も引かれてないグリーンの上に一台一台『この車をこっちに向けて置いたらバックに海が見えるな、ダウンタウンのビルがみえるなとか、この車とヤシの木をセットにしたらカリフォルニア映えするな』とか、かなり細かくこだわりながら配置していくんです。あまりにうるさいので名物男みたいに思われてます(笑)」

山口さんと愛車1977年のトヨタ・セリカ。
「左の写真のセリカは、高校を出てすぐ買ったもので、日本から輸入して持ってきたんです。人生で最初の車を30年以上経った今も所有しています。14歳の息子がいつか乗り継いでくれることがささやかな夢です」

 毎年恒例のカーフェストを運営すると同時に、車のパーツを主に日本へ送る輸出業を経営するなどクルマカルチャーにどっぷりと浸かる山口さんだが、「子どもの頃に実家は車を持っていなくて、車がやっと来たのは私が高校生になってからでした。車には興味はなく、音楽が好きだった私はティーンネイジャーのころにはアメリカのロックに憧れてバンドを組んでギターを弾いたりしていました。当時通っていたギター教室の先生は古い車が好きで、その教室にいた先輩は初代セリカLBに乗っていたりと、車好きな人たちと出会いました。それをみて私もセリカに乗りたい!と思ったのが始まり。旧車が好きになって、アメリカの音楽が好きで、アメリカンカルチャーが好きで、いつかアメリカに住んで、セリカでフリーウェイを走りたいと夢見ていました」

 90年代後半からたびたびアメリカに来るようになった山口さん夫婦。LAローカルのカークラブに入り、さまざまなメーカーの集まりに通ったり、妻のテリーさんが車のウェブサイトを作ったことなどもきっかけに車仲間も増えていき、その後T.O.R.C.(トヨタオーナーズ・アンド・レストレーションクラブ)をはじめとしたクラブを母体として、クラシックカーショーを開始。「僕たち夫婦だけの力だけではなく、組織というよりかはクラブの仲間たちの力強いサポートがあるからこそ、このイベントがここまで大きく成長することができたと思っています」

 山口さん夫婦がジャパニーズクラシックカーショーを始めて20年近く。「このイベントは、車が好きな人たちが集う同窓会でもあります。年齢・人種関係なく、参加する一人ひとりが車への特別な思いを感じたり、思い出を語り合ったり・・・。私たちがイベントを始めた頃は、親に連れられて来ていた小学生が、今や20代の大人になってスポーツカーに乗るようになったりとか。車と人に歴史ありですね」

ジャパニーズクラシックカーショー公式サイト
https://japaneseclassiccarshow.com/

<2023年の開催日程>
5月:27th Annual ALL TOYOTAFEST
10月:18th Annual Japansese Classic Car Show

(12/13/2022)

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