

林 賢冬
Kent Hayashi
スポーツエージェント(MXTO LLC/Founder CEO)
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■林 賢冬(ハヤシ ケント)
スポーツエージェント。MXTO LLC代表。日米のルーツを持ち、滝川第二高校で全国ベスト16を経験後、渡米してUSLのプロチームでプレー。引退後はLAギャラクシーでのインターン、大手広告代理店、レッドブル・ジャパン等でスポーツマーケティングや選手マネジメントなどに従事。現在はアーバインを拠点に、DCユナイテッドの黒川圭介選手、濃野公人選手などのクラブエージェントを務め、日本人選手の海外挑戦を幅広く支えている。
FIFAワールドカップが終了し、サッカーの熱狂が冷めやらぬアメリカ。かつてはアメリカンフットボールや野球、バスケットボールの陰に隠れていたサッカーが、今や主要スポーツと肩を並べる規模へと成長を遂げている。南カリフォルニアを拠点にサッカーエージェントとして活動し、MLS(メジャーリーグサッカー)の最前線を見つめてきた林賢冬氏に、アメリカでのサッカー人気、日米プロリーグのビジネスモデルの違い、そして日本人選手の「アメリカ経由」という新たな移籍ルートの可能性など、サッカーファンが気になるテーマを語ってもらった。(聞き手・文:志村朋哉)
高まるサッカー人気
―アメリカでは、以前に比べてサッカーの認知度や露出度が格段に上がっていますね。
デジタルメディアやSNSの普及により、若い世代がサッカーに触れる機会が20年前と比べて圧倒的に増えました。ESPN FCのような専門チャンネルやAppleTVが配信した『テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく』というサッカーを題材にしたドラマなど、マスメディアでの露出も増えたことで、サッカーが日常に定着してきています。
―他のメジャースポーツのファン層を取り込んでいるというより、新たなファン層を開拓している気がしています。
まさにその通りです。メジャースポーツのファンとは異なる層が新しいサッカー市場を形成しています。アメリカンフットボール、野球、バスケットボール、アイスホッケーが全てだった時代から、今やサッカーがその主要スポーツに並ぼうとしています。資本規模で見ればまだ及びませんが、同じ土俵で戦えるレベルまで成長してきたこと自体が驚異的だと感じています。
私自身、2001年から2002年にかけてアメリカでプロとして2シーズン、プレーしましたが、当時とは人々のサッカーに対する理解度が全く違います。20年前は「サッカーって何?」という人も珍しくありませんでした。
―当時のサッカー関係者からすれば、夢のような変化ですよね。
ただ、いずれこうなるだろうとは思っていました。アメフトやバスケットボールはあくまで「アメリカ発祥のスポーツ」ですが、サッカーは「世界的なスポーツ」です。アメリカは多様なバックグラウンドを持つ移民国家であり、人口統計予測を見ても中南米系の人々がかなりの割合を占めます。その人口動態を考えれば、必然的にサッカーが盛んになる土壌がありました。
それに、競技人口が増えたことに加え、プロリーグがしっかりと確立されました。20年ほど前のプロ選手の給料は月額2000〜3000ドル程度でしたが、現在は年俸が億単位になっています。今後も上昇する傾向にあり、欧州トップクラブに並ぶのも時間の問題だと感じています。

ビジネスのMLS、育成のJリーグ
―MLSの平均年俸や資金力はJリーグを大きく上回っています。それに加えてリオネル・メッシやソン・フンミン、ロベルト・レヴァンドフスキといったスーパースターがMLSに加入していますが、世界の代理人やクラブは、JリーグとMLSをどう評価していますか。
Jリーグは言語が日本語ということもあり、国外に出回っている情報量が少なく、世界と接する機会が限られています。一方、MLSは英語圏で、他国からの人材流入も多く、情報の行き来がJリーグよりも活発なので、今後も市場が発展していくと予想します。
アメリカは非常に戦略的にリーグを成長させてきました。発足当初はスター選手に投資するのではなく、クラブの経営を安定させるための基盤作りに力を入れてきました。Jリーグが発足当初に世界的スターを次々と呼んだのとは対照的です。MLSはまず経営基盤を確立し、今ようやく潤沢な資金を使って良い選手を獲得するフェーズに入ったところです。
日本のサッカー界もMLSと同様にビジネスモデルを変えていく必要があると考えられています。ここ数年、日本人選手たちも世界的に活躍の場を広げていて、技術だけでなく、選手としての総合的な質の高さが注目されています。それに伴い、スポンサー収入やDAZNの放映権だけに頼るビジネスから、選手を育成・売却し、その移籍金でクラブを持続的に運営する舵取りをするクラブが出てきています。
―MLSは「選手を育成して売る」という舵取りはしないのですか。
MLSでもそうした思考を持っているクラブはあります。ただ、アメリカの場合、思うように良い選手が育っていないのが課題です。例えば、LAギャラクシーの下部組織と日本の強豪校を比較すると、日本の強豪校の方が断然良い選手が多いと個人的に感じますし、実際にそこからプレミアリーグへ移籍する選手も出ています。育成面では、MLSはまだ結果が出ていないというのが個人的な感想です。
―選手の育成という点では、日本は成功しているということですか?
はい、非常にうまくいっていると感じます。アメリカにいると余計に実感しますが、日本は協調性を活かした組織作りが巧みです。日本サッカー協会が方針を打ち出した際、それを現場にうまく落とし込み、全員で協力して全体のレベルを底上げしていくシステムが機能しているのだと思います。
―逆に、JリーグがMLSのビジネスモデルから学べることは何ですか。
デジタル活用に関しては、学ぶべき点が多いと思います。市場や土壌、ファンの感覚が異なるため「これをやれば成功する」と一概には言えませんが、ファン向け施策だけでなく、チーム内部で使うスカウティングのツールなど、アメリカのクラブがどのようにITを運用しているかは勉強する価値があります。MLSでは、近年は各チーム内でデータアナリストの数が増えていて、選手の動きや身体にかかる負荷をいかに数値化し、把握するかという点に比重が置かれるようになっています。
―野球のように、カメラでフィールド上の動きをマッピングしてデータ化する技術も導入されているのでしょうか?
はい、導入されています。そうした戦術的なトラッキング技術に加えて、選手の肉体的な負荷を数値化するテクノロジーも進化しています。
―MLBでは統計学の博士号を持つ人材も珍しくありませんが、サッカー界にもそうしたレベルの専門家が流入しているのでしょうか。
国によって異なりますが、アメリカではまさにそうした高学歴の専門家が入ってきています。日本の場合は、例えば筑波大学などに専門の分析チームがあり、そこから各クラブへ人材が派遣されるようなシステムが主流です。
―MLBで労使交渉の難航やストライキの懸念が噂されていますが、「野球がストップすればファンがMLSに流入するのではないか」といった見方はサッカー界にありますか。
MLSの市場は野球とは全く別の独立した市場として確立されているため、客を奪い合う「カニバリ(共食い)」という意識はあまりないと思います。ただ、MLBのスポンサー企業の中で「このままで良いのだろうか」と考えている企業にとっては、ターゲット層が多く存在するMLSへ乗り換える絶好のタイミングになり得ます。MLSのスポンサー料はまだMLBほど高額ではありませんし。
5大スポーツの中で見ると、MLBとMLSは客層が少し似ています。NBAはチケットが高額なため、観客は大人が中心で子供が少ない傾向にあります。一方、野球とサッカーはチケットが比較的安く、子供連れのファミリー層が多い印象です。そのため、例えば子供やファミリー層をターゲットに投資したいスポンサー企業にとっては、どのリーグにどうアプローチすべきかを検討する上で合理的な判断材料になります。
変化する米大学サッカー
―アメリカでの大学サッカーの位置付けや役割を教えてください。
ここ5年ほどでアメリカの大学サッカーの立場は大きく変わりました。MLSの下部組織が整ったことで、優秀な若手選手はアカデミーから直接プロへ進むようになったからです。世界サッカーのスタンダードな構造に近づいた結果、大学サッカー自体のレベルは下がっているのではないかという議論もあります。ただ、それでも「大学に進学したい」という選手はいます。
―UCLAやUSCがBig Tenカンファレンスに参入したことで、放映権料や資金規模が桁違いになりました。強化環境やスカウティングに大きな影響を与えるでしょうか。
影響はあると思います。ただ、アメリカの大学スポーツはアメフトとバスケットボールが稼ぎ頭であり、その収益でサッカーなどの他競技が成り立っている構造が依然として残っています。そのため、今回のカンファレンス再編がサッカー界にとって直接的な劇的変化になるかは、まだ未知数です。
―日本では大学サッカーが遅咲き選手の受け皿になっていますが、アメリカではそうした構造にはならないのでしょうか。
いずれアメリカでも同様の傾向が出てくるとは思いますが、日米で異なるのは、アメリカの大学サッカーでは「学業」が大きな比重を占めている点です。例えば、プリンストン大学のサッカー部でプレーする選手のように、サッカーありきではなく、明確に「サッカーを辞めた後の将来を見据えて大学でサッカーをする」と考える選手は日本の高校生に多くはいないでしょうから、文武両道に対する思考の違いは大きいと感じます。
―日本の若手選手がアメリカの大学を経由して世界を目指すルートは、どれほど現実的でしょうか。
野球の佐々木麟太郎選手のように、サッカーでも大学からMLSのドラフトを経てプロになる選手は存在します。ただ、現時点で日本からアメリカの大学へ渡るサッカー選手を見ると、高校からプロに直行することができなかったケースが中心です。今後それがどう変わるかは注視が必要ですが、選手一人ひとりのバックグラウンドに向き合い、日本に残るべきか、アメリカの大学へ進むべきかを見極める必要があります。安易に「アメリカに来れば良い」と勧めるのではなく、その子にとってベストな選択肢を一緒に考えてくれる周囲の環境が重要です。
―NIL(肖像権収益)制度により学生アスリートが収益を得られるようになりましたが、日本人留学生はビザの制約上、収益を受け取りにくい現状がありますよね。
NILに関しては仰る通り規制があり、日本国内での活動に基づく日本企業からのスポンサー料であれば受け取れるケースもありますが、アメリカ国内での収益化は難しい状態です。ただし、ルールも常に変更する為、引き続き見守る必要があります。

加速する日本人選手のMLS移籍
―MLSが欧州の主要リーグやJリーグと同じ「秋春制(8―9月開始・5―6月終了)」へシーズン日程を変更する動きがありますが、選手の移籍市場にどのような影響を与えると思いますか。
シーズン日程が欧州と揃うことで、欧州の移籍時期に合わせて動いている選手を獲得しやすくなります。例えば、アーセナルの選手がフリーになった際、同じタイミングで選択肢として並び立てるようになるのは大きな変化です。日本人選手のMLS移籍や、MLSから欧州・Jリーグへ移籍する障壁も低くなると見ています。
―MLSでプレーする日本人選手が増える可能性もあるということですね。
実際、MLSの中でも日本人選手の獲得を目指しているクラブはたくさんあります。ただ、世界中の若手選手がそうであるように、日本人選手も一番の目標は欧州リーグです。MLSがオファーを出しても「欧州を目指したい」と断る選手がまだ大半ですが、この先5〜10年でその意識も変わってくると考えています。
―日本人選手がMLSを経由して欧州を目指すルートの強みと課題について教えてください。
日本人選手のMLS入りについては、今まさに新しいフェーズに入りつつあります。これまでMLSでプレーする日本人選手はキャリアのあるベテランが中心でしたが、若い選手もMLSを目指すようになってきています。つい最近、JリーグからMLSに移籍してきた選手がいますが、彼は以前から「欧州でプレーしたい」という明確な目標を持っていたため、私が彼のクラブエージェントを務める際に「まずアメリカへ渡り、そこから欧州を目指そう」というプランをクラブとともに提案し、加入が実現しました。
MLS全体に言えることですが、Jリーグと異なり、クラブ内に欧州出身のスタッフや選手が多数存在し、欧州のスカウト網も日常的にMLSの市場を注視しています。物理的にも心理的にもJリーグより欧州に近く、ネットワークが繋がっている環境であることを彼自身も理解し、チャレンジを決断しました。
―日本人選手がアメリカで直面する最大のハードルは何ですか。
まずは言語のコミュニケーションです。こればかりは慣れていくしかありません。ピッチに立ってしまえばサッカーは万国共通なのである程度、理解し合えますが、細かいニュアンスやピッチ外・チーム内での細かいコミュニケーションが重要になってきます。

(カリフォルニア州・アーバイン市)
エージェントが語る育成論
―今回のワールドカップを通じ、日本もアメリカも世界トップレベルと比較すると局面での打開力や強度に課題があることが考えられます。日米が単に「欧州へ移籍できる選手」だけでなく、「欧州ビッグクラブで中心となれる選手」を継続的に生み出すには何が不足しているのでしょうか。
行き着く先は、最終的には「サッカーの理解度、体力・フィジカル(運動能力)」の部分だと感じています。今回のワールドカップでも痛感しましたし、多くの関係者とも議論している点です。また、監督から「この選手を絶対に使いたい」と思われる突出した強みを持っていることも重要です。例えば、前田大然選手のように圧倒的なスピードを持つ選手は、相手にとって脅威となります。足元の技術に長けた10番タイプの選手であっても、「このポジションでは世界一」と言えるレベルまで突き抜けていれば、リヴァプールでもアーセナルでもPSGでも定位置を掴めます。平凡に「上手い」選手ではなく、何か1つ飛び抜けた一芸を持つことが、トップ中のトップで生き残る条件です。
―ハーランド選手のような圧倒的な個ですね。日本やアメリカの場合、最も運動能力の高い層がサッカーを選択していないという側面もあるのでしょうか。
まさにそうです。大谷翔平選手のような規格外のアスリートがサッカーを選んでいませんから。もし日本やアメリカが「サッカーが全ての国」であれば、世界トップ上位を争う国になっていてもおかしくありません。
―日米それぞれの育成環境における長所と短所を挙げてください。
アメリカの短所は、選手や保護者がクラブ会費や遠征費などを全額負担する「pay-to-play(お金を払ってプレーする)」による機会損失です。経済的な理由でプレーを断念する優秀な選手がどうしても出てしまいます。一方で長所は、経済規模の大きさと構造変化の速さです。MLSのアカデミーのように、資金が投下されれば一気に優れた育成の仕組みや環境を作り上げることができます。
日本の長所は、Jリーグ経験者などが育成年代の指導にしっかり携わり、個の技術を高めるシステムが確立されている点です。結果として質の高い選手が次々と育っています。課題を挙げるなら、「選手を育てて移籍させて、移籍金を得る」というビジネス思考を持つ関係者が少ないことです。「お金儲け=悪」と捉える傾向が残っていますが、移籍金を得てクラブを潤し、設備や育成に再投資する循環を作ることは決して悪ではありません。
―アメリカでサッカーに取り組む子供を持つ日本の保護者へ、プロ代理人の視点からアドバイスをお願いします。
強いて言うなら「親が干渉しすぎないこと」でしょうか。プロになるのは極めて狭き門だからこそ、目先の勝利だけでなく将来を見据えて指導してくれるコーチに巡り合えるかが大切です。本当に力のある選手や選ばれるべき選手は、保護者が焦って動かなくても自然とスカウトの目に留まります。「うちの子を売り込まなければ」と親や周りが必死に動いているケースほど、現場からは信用されにくいのが現実です。本当に優秀な選手は、クラブ側も喉から手が出るくらい欲しいため、勝手に話が進みます。現在のアメリカサッカー協会や各クラブのスカウティング網は以前に比べて非常に発達しており、どこにいても必ず見られています。保護者は過度に介入せず、選手本人が置かれた環境で努力することを見守ってあげるのが一番です。
―最後に、「ここに注目するとサッカーが10倍面白くなる」という見どころがあれば教えてください。
サッカーを10倍面白くする見どころは、ピッチ上のプレーだけではありません。今、最も面白いのは「リーグそのものの変貌」を追うことです。特にMLSの成長には要注目です。10年後には、世界トップクラスのリーグへ変貌しているはずです。その原動力は圧倒的な資金力。クラブ評価額は上昇を続け、移籍費支出は過去最高を更新しています。クラブ規模が拡大すれば、巡り巡って欧州のトップクラスの選手たちが、当たり前にMLSでプレーする時代が来ます。メッシ、ソン・フンミン、グリーズマン——その流れはすでに始まっています。
そしてその先には、欧州5大リーグに並ぶ競技の深さが見えてきます。この変貌を面白く見るポイントは3つです。一つ目は、クラブ評価額と移籍費の伸びが、どこまで欧州に近づくか。二つ目は、全盛期の欧州トップ選手が「キャリア終盤」ではなく「現役バリバリ」でやってくる日がいつ来るか。三つ目は、アメリカ自国の選手層の底上げです。これが最大の課題ですが、アカデミーから欧州へ羽ばたく若手が増えれば、リーグ全体の質も底上げされていきます。つまり、今MLSを見るときは、スターのゴールよりも「リーグがどこへ向かうのか」に注目してください。スタジアムの熱気、若手の躍動、 そして欧州スターの到来――そのすべてが、一つの物語としてつながって見えるはずです。10年後の世界のサッカーの形が、そこに隠れています。

(9/17/2026)
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