【ロサンゼルスで暮らす人々】言葉や環境の違いに不安を抱える在米日本人に寄り添った医療で支えたい

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小林祐美加
Yumika Kobayashi


日米で看護師資格/医療通訳・翻訳者

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■オペ室に勤務し医療翻訳家の小林祐美加さん。トーランスにあるHaruo Arita MDのペインクリニックで働いている。日米の看護師免許を持つ。

小林祐美加さんの原点は幼少時代に遡る。根っからの世話好きで、バービー人形に包帯を巻く少女だった。困っている人を助けることが好きだった。そんな少女が大人になり、日米両方の看護師免許を持ち、現在はLAのペインクリニックでオペ室に勤務している。彼女はどんな半生を辿ってきたのだろう。

東京の新宿出身。父の転勤で各地で育ったが、5歳から家族と共にNYへ。言葉も文化もわからない土地で、馴染むのに1年くらいかかった。「あの頃を思い出すとすべてが無声音なんですよ。たぶん耳で理解できていなかったからではないかと思います」けれど子どもは強い生き物。あの子と遊びたい、あのおもちゃで遊びたい。そうするためにはコミュニケーションが必要。次第に英語を使うようになり、瞬く間に吸収した。「英語での生活に慣れていく一方で、週1の補習校通学がとても辛かったのを覚えています。2つの文化を行き来するのは子供の私には負担でした。今でも漢字に苦手意識が若干あります」

小学校時代を殆どNYで過ごしたあと小5の三学期から本帰国。行き先は福岡だった。「育った環境が違うと笑いのツボが違いますよね。その時はみんながなぜ笑っているのかわからない。あとで、あ!わかった!ということがよくありました」小林さんは帰国子女が通うクラスに在籍した。そこで出会ったのが将来の伴侶というのだから人生はわからない。

小学校卒業後は父の転勤で上京し、東京港区にある中高一貫の私立校に通学。「クラスメイトは皆、英語ができる日本人。私にとってまさにホームという感じで楽しく過ごせました」高校卒業後は子供の頃からの夢を実現するために看護短大に行き、免許を取得した。日本で看護師としてのキャリアをスタートさせたのは東京女子医大病院。「初めて白衣を着て病院を歩いた時、とても嬉しかったのを覚えています」糖尿病分野で当時日本一の病院の一つだったそこで、日本糖尿病療養指導士として最先端の医療に従事。患者教育や生活習慣改善指導を中心に、糖尿病を抱えながらも患者がその人らしい生活に戻れるように看護をおこなってきた。英語が堪能な小林さんは研究分野で重宝され、学会の研究発表や執筆活動にも熱心に取り組むように。その努力が実り、日本糖尿病教育・看護学会において最優秀賞を受賞。その後、結婚を機に渡米。

現在はトーランスにあるペインクリニックで診療およびオペ室に勤務する傍ら、医療英語講師や医療翻訳・字幕の分野でも活躍中。「日本で培ってきた糖尿病看護の経験と、現在の麻酔科での臨床経験を活かしながら、言葉や環境に不安を感じる在米日本人に寄り添う医療で支えていきたいと思います」

■オペ前のリカバリー室で。
■ご主人と愛犬と。

(5/14/2026)

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