Z世代の間では「六本木は死んだ」と言われているらしい。
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確かに昨日も車であの辺りを通ると、華やかだったロアビルも閉鎖していたし、人気のお店alife、museも閉店している。
東京商工リサーチの調べによると、2025年1月から8月のキャバレーやバー、ナイトクラブの倒産は58件となり、これはリーマンショック直後並みの高水準らしい。六本木が一番脚光を浴びたのは80年代のディスコ全盛時代ではないか。
伝説のジュリアナ東京は凄かった。週末になると六本木の交差点辺りにボディコン戦闘服に身を包んだワンレングスの女性陣がジュリアナ目指して歩く姿が東京の新名所となっていた。その雄姿を見たい多くのやじ馬で交通整理がでる始末。ディスコの閉店時間がこれまた大変な騒ぎ。アッシー君たちの車で付近は大渋滞、連日パトカー出動だった。あの喧騒が噓のように週末の六本木も大して車は混雑していない。
2010年初頭まではハロウィンの時期は盛り上がっていたが、いつのまにか主役は渋谷に移ってしまう。若者離れの要因として、単価の高い飲食店が多く人気の古着屋さんなどは一軒もない。六本木自体も「六本木ヒルズ」「東京ミッドタウン」の再開発で街のブランド化に方向転換したこともある。背伸びをしない世代にとって「六本木はオジサンの街」に映るのかもしれない。考えてみると私もドン・キホーテくらいしか寄り付かなくなっている。
決定的な原因としてターミナル駅ではないこと。地下鉄日比谷線しか利用出来ず、私鉄沿線に住む人には不便しかない。そうなんです、今や六本木は年に1~2回美術展に行くところになってしまった。
1960年当時としては珍しいイタリアンレストラン「キャンティ」では、夜な夜な集まり流行を作り出していた若者集団「野獣会」が注目され出した。初期メンバーが凄い。女優の加賀まりこや大原麗子、伊丹十三、レーサー福沢幸雄、作詞家安井かずみなど、当時時代を作り出していた若者が大勢たむろしていた。そうなんです、六本木は最先端の若者だけが入る事が出来た〝特別な街〟だったのです。時が流れ大衆化され、混乱が続き、今再び平穏な街に戻ったのかもしれない。
新六本木はこれからなのでは。麻布台ヒルズに代表される新しいカルチャー建造物が街を変えてゆく。そして人々も変わる。交通アクセスの悪さが新しい文化を生むはず。知的じゃないと楽しめない、そんな街があっても面白い。もう一度気取ってないと、緊張しないと入れない、敷居が高い街六本木。そんなプライド高い街づくりをしてもらいたい。
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