和菓子を通して日本食文化を広く紹介
30年にわたりリトル東京の治安改善に大きく貢献
リトル東京防犯協会会長であり、風月堂経営者のブライアン・キトウさんがこのたび、日本政府より令和2年(2020年)の旭日双光章を受賞し、2月26日に在ロサンゼルス日本国総領事公邸にて、叙勲伝達式が行われた。今回の叙勲は、日本政府から「日本・アメリカ間の友好親善と相互理解の促進」に貢献したことが称され、キトウさんに送られたもの。
●下写真/総領事公邸にて行われた叙勲伝達式。武藤 顕・在ロサンゼルス日本国総領事(右)より賞状を手渡されたブライアン・キトウさん。
ロサンゼルス出身。生粋の「アンジェリーノ」であるキトウさんは、1903年に開店したリトル・トーキョーにおいて最も長い歴史を誇る個人商店「風月堂」の三代目経営者。日本の伝統を守り続ける中で、名物の餅や饅頭など伝統の和菓子を広めると同時に、近年はアメリカ人にも日本の食文化に親しんでもらおうと、新たにピーナッツバターを中に詰めたストロベリー味の饅頭なども発案。アメリカへ日本の食文化の紹介にも尽力してきた。
2001年、キトウさんはリトル東京防犯協会会長に就任。同協会は1982年に、アメリカ最大の日本人街であるリトル東京の治安悪化を懸念し、ローカルの商店などに寄付を呼びかけ、この街に夜間の巡回警備員を配備したことがきっかけで設立。キトウさんは夜間の巡回警備員に加え、ボランティアを集めて「パトロール隊」を結成。ロサンゼルス市警察(LAPD)にパトロール車の同行を要請して一緒にパトロールを実施するなど、安全な街づくり・治安改善に取り組んできた。また、リトル東京ビジネスコミュニティのボランティアやロサンゼルス市と協力し、地域の防犯と観光旅行者のための案内所として、LAPDと小東京防犯協会が運営する「小東京交番」を開設した。
インタビュー ブライアン・キトウさん
日本政府より旭日双光章を受賞したことについて、心境をお聞かせください。
この賞を頂いたことに感謝の気持ちでいっぱいです。これまでロサンゼルスの地元コミュニティを安全で住みやすい街にするために様々な活動をしてきましたが、それは多くのボランティアの人たちの働きがあってのことです。また、1981年に私がロサンゼルス・ビジネスアソシエーションの一員として初めて日本を訪れた際、旅先では、見知らぬ私をたくさんの日本の皆さんが助けてくれ、心の奥から親切にしてくださいました。その感謝の思いがきっかけとなり、街の治安向上と旅行者の案内所の役割を担う「リトル東京交番」が誕生しました。
長年リトル東京の街を見守るブライアンさんからみて、現在の街の様子はどのように変わりましたか。
約40年前と比べると、リトル東京は素晴らしく良い街になりました。しかし、それはたった5、6年ほど前からです。ロサンゼルス暴動が起こった1992年を皮切りに、リトル東京エリアのビジネスは多くの顧客を失い、周辺で犯罪が多発。私たち住民がクリーンな街に戻そうといくら頑張っても、一度汚された街のイメージは簡単に消せない。悪いイメージを払拭するのにかなりの労力と時間がかかりました。そんな困難を乗り越え、今では胸を張って「素晴らしい街だからぜひリトル東京に来てください」と言えるまでになりました。
ロサンゼルスではだんだんと経済再開が始まっています。アフターパンデミックの夢を教えてください。
コロナウイルスの影響により、リトル東京では特にレストランビジネスが苦難を強いられています。私たちは救援策として、市から特別に許可を取得して1stストリートにアウトドアダイニングエリアを設置。食文化で栄えたリトル東京を強く支えることが大切だと考えています。このリトル東京という街は、昔からどんな逆境が来ても打ち勝つ強くてユニークな気質。コロナ禍を生き抜き、再び各地から多くの人々が早く戻ってくることを願っています。