「誰よりもロサンゼルスを深く愛した男」の訃報

アメリカ101 第82回

 

イーライ・ブロード(Eli Broad)が4月30日シーダーズ・サイナイ病院で亡くなりました。87歳でした。とは言っても大部分の日本人、そして大部分の南カリフォルニア在住日本人にとっては、馴染みのない人物でしょうが、「知る人ぞ知る」有名人で、翌5月1日付のロサンゼルス・タイムズ紙などは、1面中央に「ロサンゼルスの都市景観を作り替えた億万長者」「誰よりもロサンゼルスを深く愛した男」という2本立ての大見出しの記事を中心として、実に計3面全面を全部使って、その訃報と業績を称えたほどです。 

 

 アメリカで肩書が不要で、名前を聞けば「あの人」というイメージが浮かぶ有名人がいます。芸能人といった範疇には入りきらない“存在感”を発揮しながら、日本では長年にわたり「人気司会者」という代名詞付きで紹介されていたのはオプラ・ウィンフリーですが、イーライ・ブロードもロサンゼルスでは1990年代半ばから、「大富豪のフィランソロピスト」から出発して、ロサンゼルスでは、ローカル政治、教育界、美術界、都市計画といった多方面で欠かせない「あのイーライ・ブロード」として活躍した人物です。 

 

 ロサンゼルス在住の日本人なら、旅券更新、在留証明などの各種証明書などで足を運ぶ機、がある日本総領事館ですが、その場所はダウンタウンの中心にあるグランド・アベニューに面した高層オフィスビル内であるのは皆さんご存じの通りです。そして、この通りには、ファースト・アベニューの北にあるミュージックセンターに面して、フランク・ゲリー設計のディズニー・ホールを先頭に、両側にコルバーン・パフォーミング・アーツ・スクール、現代美術美術館(MOCA)、ザ・ブロードなど特異なビルが立ち並び、ダウンタウンの「新しい顔」となっています。そして、これらの大部分の建物の建設に指導的な役割を果たしたのがイーライ・ブロードなのです。 

 

 例えばディズニー・コンサートホールは、ウォルト・ディズニー未亡人のリリアン・ディズニーが提唱、基金を寄付して始まったプロジェクトですが、途中で資金不足から工事が中断、実現が危ぶまれる状況にあったのを、ブロードが当時のリチャード・リオダン市長と協力して新たな募金活動を展開、完成にこぎつけた経緯があります。また磯崎新によるユニークな設計のMOCAも、現代美術の熱心なコレクターであるブロードがイニシアティブをとったプロジェクトで、磯崎を起用したのもブロード本人です。そして、ブロードにとって一連のグランド・アベニュー再開発の究極のプロジェクトが、2015年9月に開館した、自分自身の名前を冠した現代美術コレクションとしては世界有数の美術館ザ・ブロードです。このほか慈善事業家としては、教育事業への資金供与や先端医学研究開発への補助金で知られており、フォーブス誌が集計した著名資産家による慈善事業寄付番付では、ウォーレン・バフェット、ビル&メリンダ・ゲイツ夫妻(5月3日に離婚を発表)などと並んで、累計寄付額41憶ドルのイーライ&エディ・ブロード夫妻がベストテン入りしています。 

 

 その巨額資産は、住宅建設事業(KBホーム)と保険業務の成功によるもので、後半生は慈善事業と、エディ夫人と共に熱を入れた現代美術収集が主要な活動でしたが、中でもアンディ・ウォーホール、ロバート・ラウシェンバーグ、ジョン=ミシェル・バスキア、草間弥生、村上隆といった現代美術を代表するアーティストの代表作を収容したザ・ブロードと、向かい側にあるMOCAは世界トップクラスの現代アートのコレクションです。総領事館帰りにでも、「現代美術の新たなメッカ」としてのロサンゼルスを代表する美術館を気軽に訪れてはいかがでしょう。いずれも休館中ですが、ザ・ブロードは5月26日から再開する予定です。 

 


著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)

通称:セイブン

1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。


 

 

 

 

 

 

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