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アメリカ101 第162回
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白内障の手術を受けました。80歳を超えた身には、加齢に伴う「通過儀式」のようなもので、まず片目、そして残りの一方の目という順序で2回にわたる手術です。術後の回復状況次第ですが、当然ながら数週間は治療に専念ということで、クルマの運転はご法度です。しかし、実際にこのプロセスを経ると、やはり「クルマ社会」というロサンゼルスでの生活に、いかに移動手段として不
可欠であるかを体験することになりました。そして、クルマの運転が危険と隣り合わせであるという事実も改めて認識する機会となりました。
先月日本を訪れた際、高校卒業後62年回目という「最後の」同窓会に出席したのですが、その席上のよもやま話で、ロサンゼルスではクルマの運転が欠かせないのが日常生活という話題に言及すると、一様に「まだ運転しているのか!?」と驚きの反応でした。そして、居合わせたほぼ全員が、75歳前後に自主的に、あるいは家族から強い圧力で免許証を返上したとのこと。そして近年の日本での、老齢者のドライバーによる複数の死傷者を出すような重大な交通事故が大々的に報道されていることがひとしきり話題でした。
たしかに、40数年にわたる在米ジャーナリストとしての視点で、さまざまなニュースに接してきたのですが、アメリカで、老人ドライバーが絡む交通事故として大きな話題となり、記憶にあるのは、2003年7月にサンタモニカのファーマーズ・マーケットで発生した86歳の男性ドライバーによるペダル踏み違いによる暴走で10人が死亡、70人が重軽傷を負った事故だけです。これ以外にも、アメリカ全土で高齢者によるクルマの暴走事故が多数発生しているはずですが、新聞やテレビで大々的に報道されたケースは記憶にありません。ましてや、日本でのように、「高齢ドライバーによる重大事故」として“社会問題”となった例はありません。
そして最近アメリカで交通事故に関連して話題となっているのは、「赤信号での右折」をめぐる動きです。それというのも、全米各州では「交差点で赤信号であっても、一時停止で安全を確認した後での右折は合法」という規則があり、例外的に「赤信号では右折不可」(No Turn on Red)という交差点があることは皆さんがご存じでしょう。とくに全米に先駆けて1939年以来、「右折可」としてきたカルフォルニア州では、「クルマ社会」であることもあって、「ドライバーの当然の権利」とされてきた感があります。しかし、一時停止を怠って、歩行者をはねるという事故が多発していることから、相次いで「赤信号での右折不可」を採用する地方自治体が増えています。例えば、カリフォルニア大学(UC)の基幹キャンパスであるUCバークリー校のあるバークリー市は11月3日の市議会で、「右折不可」に向けて条例整備に乗り出すことを決定しました。サンフランシスコ、サンノゼ、首都ワシントン、ミシガン州アンアンバーなどに続くもので、市内135か所の交差点が対象となり、2025年の実施を目指しています。
「赤信号での右折可」は、交通渋滞緩和の観点で全米の各都市で実施されてきました。とくに1970年代の石油危機を受けて、赤信号でのアイドリングによる浪費を防ぎ、大気汚染防止効果もあるとの理由で推奨され、連邦政府レベルでも、「1975年エネルギー政策・保全法」の一環として、政府補助金を受領する条件として州政府に「右折可」を求めるという時期もありました。また2020年には、バージニア州の首都リッチモンドで実施された民間研究企業による「右折不可」とした場合のシミュレーション調査では、1公営バス渋滞2燃費増3大気汚染加速といったマイナスが予想される結果が明らかにされています。だが、過去10年間で交通事故死が全体で13%増であるものの、歩行者の死者が54%も急増という事実もあり、その背景として「右折可」が無視できないのが、最近の「右折不可」の動きとなっているようです。
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著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)
通称:セイブン
1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。
(11/21/2022)