アメリカ101 第111回
毎朝届く新聞のページをめくる楽しみのひとつが、紙面に「日本語」を見つけることです。とくに見出しならば、切り抜いて保存するという作業は、現役記者を引退した老フリージャーナリストのルーティンになっているのですが、ここ数日の紙面に「Kamikaze」と「Anime」という、日本語を語源とする英語の“外来語”でもトップに位置する単語を目にして、今回は「日本語の国際化の一考察」というのがコラムの趣旨です。
まず「The Kamikaze Democrats」というのが、11月22日付ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)巻頭社説の見出しです。新聞の見出しは、チラっと見て、その記事の内容が推測できて、読者を誘うことが求められています。例えば時事通信社の用字用語ブックは「ニュースの内容を最も簡潔に表したもの」、共同通信社の記者ハンドブックでは「簡潔な記事の極致」と定義しています。そして、経済専門紙として知られる同紙の論調が共和党寄りという論調からして、ビジネスマンが多いであろう読者が、この見出しを一瞥して「自殺行為に走る民主党」と“読解”できるというのが、優れた出来栄えの証拠です。
この社説は、下院本会議が19日バイデン政権の目玉施策を盛り込んだ1兆7500億ドル(約200兆円)規模の大型歳出法案を賛成220、反対213で可決したのを受けてたもの。共和党側は「大盛りバラマキ予算」で、財政赤字が肥大化、物価高を加速させるとして反対。来年11月の中間選挙での下院過半数奪回が視野に入って、下院議長を目指すケビン・マッカーシー同党院内総務は、8時間以上という歴史的に長大な演説をして気勢を上げました。そして同紙はこれを、共和党が挙党一致で反対票を投じて“責任政党”としての矜持を誇示したとする一方で、ナンシー・ペロシ議長は法案通過でごり押し、中間選挙での民主党敗退の墓穴を掘ったという内容です。上院では与野党の議員数が同数で、審議は難航する見通しで、修正は避けられませんが、そのような民主党側の一連の動きを「Kamikaze」行為と表現したわけです。
OED(オックスフォード英語辞典)によると、英語文献での「Kamikaze」初出は、英語での日本紹介に多大の貢献をした小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)による短編集「心」(1896年)の文中で、二回にわたる元寇に関する「神風」への言及があります。そして第二次世界大戦末期の神風特別攻撃隊を指す「Kamikaze」は1944年11月3日付のニューヨーク・タイムズ紙が初出です。
OEDの定義では「deliberate suicidal crash」「reckless」「hazardous」などとなっており、民主党による歳出法案の強硬採決が「民主党にとっての自殺行為だ」という論調を外来語で表記すことでのインパクトを狙ったものでしょう。だがアメリカの新聞報道で「Kamikaze」が頻繁に使われるのが「日本語の国際化」だと単純に喜ぶことはできないかもしれません。
一方の「Anime」の“外来語”化は、双璧となる「emoji」と並んで、近年の国際的な文化シーンでの日本の存在感を象徴するもので、喜ばしいものでしょう。11月23日付ロサンゼルス・タイムズ紙文化・芸能欄で「Tribute to the spirit of beloved anime」(愛されてきたアニメの本質へのオマージュ)との全段ぶち抜きの見出しが躍っていました。期待されていたSFアクションアニメの名作「カウボーイビバップ」(1998年)の実写ドラマシリーズ(全10話)がネットフリックス(Netflix)を通じて11月19日から全世界配信となったのを受けて、その評価を伝える長文の記事です。もはや「Anime」が、日本語由来の“外来語”ではなく、説明不要の国際語である事実を証明するものであり、「日本語の国際化として慶賀に堪えません」というのはちょっと大げさでしょうか。
著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)
通称:セイブン
1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。
(11/19/2021)