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アメリカ101 第148回
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日本人にとって8月は、1年12カ月を通じて、最もさまざまな感慨を引き起こす月ではないでしょうか。お盆での里帰り、墓参りなどの先祖を敬う一連の行事、全国各地での花火大会、6日と9日の広島、長崎への原爆投下記念日、15日の終戦記念日、そして阪神甲子園球場での全国高校野球があり、12日は単独機による航空機事故として520人という世界最多の犠牲者を出した日航機123便墜落事故の記念日です。
そんなわけで、今回は日航機墜落事故で最も知名度の高い犠牲者であった歌手の坂本九の世界的ヒット曲「上を向いて歩こう」をめぐりイギリスのBBC放送が、さまざまなエピソードを織り込んで2016年に放送した30分間の感動的なラジオ番組【BBC Radio 4 – Soul Music, Series 22, Sukiyaki (Ue o Muite Arukou)】の紹介です。
番組では、アメリカの日系人に誇りを抱かせる糧となった話題から、事故そのものの経緯、犠牲者の家族との繋がり、1963年に世界各国でヒットチャートのトップを独占した背景、アメリカの女性デュオがカバーし、坂本九と日本全国を巡業した様子、2011年の東日本大震災の“復興”ソングとしてリバイバル・ヒットしたという「その後」などのエピソードが盛り込まれています。「英語
が苦手」という方も、日本絡みの話題であり、分かりやすい英語でのストーリー展開ということもあって、十分楽しめる内容ですので、是非とも耳を傾けてください。BBCという外国の放送局が、こんな素晴らしい番組を制作していることに驚くはずです。
もちろんBBCラジオは主として同国内の聴取者を意識した番組構成ですが、ネット時代とあって、様々な長寿番組へのネットでのアクセスが可能となっています。例えば、「Desert Island Discs」(無人島に持っていきたいレコード)は実に1942年から放送を続けています。世界中の、英語を話すあらゆる分野の著名人を招き、無人島に漂着したら是非手元に置きたいレコード8曲と書籍1冊、贅沢な物品ひとつを選択、その理由を説明するという45分番組。「上を向いて・・・」を取り上げたのは、「Soul Music」というタイトルで、2000年以来の比較的新しい番組です。多くの人の「心に響いたミュージック」を取り上げ、それにまつわるエピソードを集めた内容で、初回はイギリスの作曲家エドワード・エルガーの「チェロ協奏曲」で、4-6曲で1シリーズ、「上を向いて・・・」は第5シリーズの第2回目のエピソード。
番組冒頭では、フレズノで農業に従事する日系人マス・マスモトが、1963年夏に家族総出で桃の収穫作業に従事していた際、つけていたラジオから流れてきた日本語での「Sukiyaki」(「上を向いて・・・」の海外タイトル)に驚いたエピソードが紹介されます。第二次世界大戦中は強制収容所での厳しい差別的な待遇を受けた日系人にとって、日本語のアメリカの大衆文化の象徴であるヒ
ットチャートのトップを占め、連日ラジオで繰り返し何回も放送されるという事実は、日系人の存在がアメリカで認知されたことを裏付ける証拠と受け止められたようです。
その後、女性デュオ「テイスト・オブ・ハニー」(Taste of Honey)がカバーしたバージョンも大ヒット、訪日して坂本九と全国各地で共演したエピソードや、さらには、この事故で亡くなった住銀総合リース副社長の湯川昭久の遺児ダイアナ湯川が、バイオリストとなり、「上を向いて・・・」を奏でる場面が紹介されます。
また2011年の東日本大震災では、この曲が被災者にとって「Prayer for Hope」(希望への祈り)となり、さまざまな場面で復興へ向けた“激励歌”にもなったと指摘、「心に響くスキヤキ」であり続けています。ちなみに、2020東京オリンピックの閉会式(2021年8月8日)では、オーケストラ・バージョンが生演奏されました。さらにはBBC放送は2013年1月に、その機関誌「BBC Magazine」で「世界を変えた20曲」という企画記事を掲載、ビートルズの「Imagine」(イマジン)やビリー・ホリデーの「Strange Fruite」(奇妙な果実)などと並んで「上を向いて・・・」を選んでいます。
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著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)
通称:セイブン
1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。
(8/16/2022)