アメリカで医療技術を切り拓いた物理学者 37年越しの名誉博士号と「一歩ずつ」の人生

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藤田浩之
Hiroyuki FUJITA, PhD, DHC     


クオリティー・エレクトロダイナミクス(QED)社長兼最高責任者
キヤノンヘルスケアUSA会長

物理学者、起業家、そして日米をつなぐ架け橋としてアメリカ・オハイオ州を拠点に活動する藤田浩之さん。2年生のときに早稲田大学を後にし渡米、自らの道を切り開いてきた。信条は「ワンステップ・アット・ア・タイム(一歩ずつ)」。研究者から起業家、そして地域再生に取り組むリーダーへと歩みを重ねてきた藤田さんに、その原動力と人生哲学を聞いた。

人との出会いがつないだ37年の歩み

2025年、私は早稲田大学から名誉博士号を授与されました。早稲田を2年生のときに去り、渡米してから37年後のことです。卒業式では、「皆さんは4年で卒業できましたが、私は37年かかりました」と話し、会場は笑いに包まれましたが、私にとっては冗談半分、本音半分の言葉でした。

実は、私の心には、「早稲田大学を卒業していない」という思いがずっと隅に残っていました。アメリカで会社を経営し、いろんな賞を取り多くの方に評価していただいても、その「劣等感」は消えず、同窓会に誘われても、卒業していない自分が参加してよいのだろうかと考えることもありました。ところが名誉博士号をいただいた時、不思議なことにその気持ちが一気に消えたのです。それは一つの旅にピリオドを打てたからです。

振り返ると、私の人生は常に「人との出会い」によって方向づけられてきました。何かを成し遂げたというよりも、人との出会いが次の扉を開き、その積み重ねが今につながっているという感覚があります。

奈良県で育った私は、畝傍(うねび)高校卒業後に東京大学を目指して浪人生活を送りました。その時に出会ったのが、駿台予備校の物理講師だった坂間勇先生です。それまでの私は、物理を公式や解法の暗記としてしか理解していませんでした。しかし先生の授業を聞いた瞬間、「これが物理か」と衝撃を受けました。物理学とは問題を解くための技術ではなく、自然界の本質を理解するための思考法なのだと初めて知りました。この出会いがなければ、私は物理学の道には進んでいなかったと思います。

東京大学には進学できませんでしたが、私は早稲田大学理工学部に進みました。そんな折、カリフォルニア大学サンディエゴ校への短期留学の機会を得たのです。そこで目にしたのは、学生が自らの意思と責任で学びを組み立てる自由な環境。物理と医学、数学と哲学を同時に学ぶことが当たり前のように行われており、その姿は私にとって大きな衝撃でした(注釈)。短期留学をきっかけに、私は「自分の責任で学び、自分の道を選ぶ」という決断を下し、周囲の反対もありましたが、大学を中退してアメリカへ渡ることを決意しました。


(注釈)アメリカの大学では、入学時に専門を固定せず、まず幅広く学ぶ「リベラルアーツ教育」が一般的。そのため物理・経済・哲学などを同時に履修し、その後に専攻を深めていく。一方、日本の大学は入学時に学部・学科が決まり、専門分野を早い段階で絞るため、他分野を横断して学ぶ自由度は比較的低い仕組みになっている。

アメリカで広がった学びと研究の道

進学先は、イリノイ州にある小さなリベラルアーツカレッジでした。英語が十分にできるわけではないので授業も難しい。おまけに文化も違う、食事も違う。全てが未知の世界でした。

私は数学と物理のダブルメジャーを選びました。英語ができなくても、自分の得意分野で勝負しようと思ったのです。大学4年生の時には、テネシー州のオークリッジ国立研究所で固体物理学の研究を行う機会にも恵まれました。世界有数の研究施設で研究者たちと共に働いた経験は、その後の人生に大きな影響を与えました。

大学卒業後、私はオハイオ州クリーブランドにあるケース・ウェスタン・リザーブ大学大学院(CWRU)へ進学しました。この大学を選んだ理由は、医学部との連携が強かったからです。私は以前から医療分野に興味を持っていました。人の健康や命に直接役立つ研究がしたいと思っていたのです。博士課程ではMRIの研究に取り組みました。MRIは磁気共鳴画像診断装置と呼ばれ、体内を詳しく撮影するための医療機器です。私の専門は、その性能を向上させるためのラジオ周波数コイル(アンテナ)の研究でした。博士課程での研究成果を企業で発表したことが、人生の転機になり、その後スポンサー企業で中堅の総合医療機器開発製造会社であったピッカー・インターナショナルから研究者として来てほしいという話をいただき、さらにグリーンカード取得の支援も申し出ていただきました。

1997年、企業研究者として働き始め、翌年には博士号を取得しました。研究者としてだけではなく、技術を社会に役立てる道が開けた瞬間でした。

「患者を助ける」ために会社をつくる

ピッカーから2000年にはスタートアップ企業へ移りました。その理由は、スタートアップは小さいが故に、研究だけでなく、製品開発、営業、顧客対応など、会社経営に必要なさまざまな経験ができると考えたからです。その会社は急成長し、後にGEに買収されました。

私はGEメディカルシステムズで研究開発部門の責任ある立場を任されるようになりました。キャリアとしては順調だったと思います。しかし同時に、「自分ならこうするのに」と感じる場面も増えていきました。そんな時、シーメンスや東芝など複数の企業から、独立して会社を作らないか、と声を掛けられたのです。私はスタートアップ企業、中堅企業、そして大企業の三つの業態を経験したことで、どのように会社をつくれば成長させられるかを分かっていました。

そこで2006年、私はクオリティー・エレクトロダイナミクス(QED=Quality Electrodynamics)を創業しました。「最高の医療画像診断装置で患者さんに貢献する」と同時に、「人間として正しいことを大切にする企業文化を築く」の二つを理念として掲げ、今年2026年には創業20周年を迎えることができました。

記念式典では、世界有数の医療機関であるクリーブランド・クリニックの放射線科責任者が、一人の若い女性患者の症例を紹介してくれました。QEDの技術によって病気の原因が特定され、適切な手術につながり、その患者さんは完全に回復したという話でした。私は会場にいた製造部門の社員たちの表情を見ていましたが、自分たちが毎日作っている製品が、実際に誰かの命や人生を救っている―そのことを実感した瞬間だったと思います。私自身も胸が熱くなりました。

■2012年、藤田さんはオバマ大統領(当時)の一般教書演説に招かれた。その様子は全世界でテレビ中継された。
■2025年3月26日に行われた早稲田大学名誉博士学位授与式。長年にわたる医療技術分野での国際的な功績と、日米をつなぐ活動が評価された。

日米の架け橋として

QEDを創業してから6年後、私は思いもよらない経験をしました。2012年、オバマ大統領(当時)の一般教書演説に招待されたのです。しかも席は大統領夫人のすぐそばでした。全米から選ばれた13人のうちの一人として招待され、日本人としては初めてのことでした。しかしその後、一部から「なぜ外国人がその席に座っているのか」という批判が出ました。私はオバマ大統領に迷惑をかけたくありませんでしたし、また、アメリカで会社を経営する立場として、自分自身の責任をより明確にしたいとも考え、早速、米国籍を取得しました。

私はこれまで、連邦政府商務長官の顧問やオハイオ州立大学理事長などを務めてきました。その中で常に感じてきたことがあります。それは、アジア系の存在感の少なさです。大学の理工系学部や医学部には、多くのアジア系学生がいます。しかし政策決定の場や政府機関、企業経営のトップ層になると、その数は急に少なくなります。私はその状況に以前から違和感を持っていました。だからこそ、自分にできることは積極的に引き受けようと思っています。

私一人で何かを変えられるとは思っていません。しかし、誰かが前に出なければ状況は変わりません。メジャーリーガーの大谷翔平選手やイチロー選手、松井秀喜選手のように、アメリカ社会の中で顔の見えるアジア人が増えることは大切です。私も自分なりの立場で、日米の架け橋になれればと思っています。

■藤田さんが父のように慕っている98歳の実業家・アルバート・ラトナー氏。オハイオ州クリーブランドを拠点とする不動産開発企業フォレスト・シティの共同創業者で全米ユダヤ人社会の重鎮だ。

故郷と未来のために「千年未来塾」

現在、私が最も力を入れている活動の一つが、奈良県宇陀市で始めた「千年未来塾」です。人口減少や高齢化に悩む故郷の市長から相談を受けたことがきっかけでした。地域活性化というと、多くの人は企業誘致を思い浮かべます。それは結果であって、本来の目的ではないし、それだけでは根本的な解決にはならないと考えています。一番の課題は若い人が減っていることです。若者が残りたいと思う町、外から人が集まりたいと思う町には、知的な刺激があります。

前述のように、私の人生は、人との出会いによって大きく変化しました。人は人との化学反応によって成長するのです。だから私は講演会ではなく、「対話会」を作ろうと思いました。世界中で活躍する研究者や経営者、起業家、文化人を招き、市民と直接対話する場です。登壇者には成功談だけでなく、失敗や悩みも含めて語ってもらいます。その話を聞き、市民が質問し、議論する。そこから新しい発想や挑戦が生まれると信じています。

市長から「5年計画や10年計画を作ってほしい」と言われた時、私は「もっと長い時間軸が必要です」と答えました。だから名前を「千年未来塾」にしたのです。

世代を超えて伝えたいこと

若い人たちに、いつも伝えていることがあります。それは「視点の数を増やしてほしい」ということ。海外へ出るのもいい、異なる文化の人と話すのもいい、本を読むのもいい。大切なのは、自分の見方だけが正しいと思わないことです。世の中にはさまざまな考え方があります。その違いを理解できるようになると、自分自身の可能性も広がります。

もう一つ大切なのは、「自分だったらどうするか」を常に考えることです。新聞を読んでも、ニュースを見ても、自分ならどうするのかを考える。批判することは簡単です。しかし解決策を考えることは難しい。だからこそ価値があります。主体性を持つことが重要なのです。

一方、中高年やシニア世代にも伝えたいことがあります。私はよく「スフィア」という言葉を使います。自分の影響が及ぶ範囲という意味です。世界を変えようと言っても、一人で変えることはできません。しかし、自分の周囲を少し良くすることはできます。家庭でも職場でも地域でも構いません。私は会社経営においても、この考え方を大切にしてきました。まず自分の会社を良くする。社員が働きやすい環境を作る。患者さんの役に立つ製品を作る。そうした小さな積み重ねが社会を良くしていくと信じています。

中高年になると、「もう自分の役割は終わった」と考える人もいます。しかし私はそう思いません。むしろ人生経験を積んだからこそ、社会に返せるものがあります。大きなことをする必要はありません。町内会でもボランティアでも文化活動でもいいのです。自分が関わる場所を少しでも良くして去る。それだけでも大きな価値があります。

■藤田さんの邸宅で行われた鏡開き。稲盛和夫氏(左から2人目)と、アルバート・ラトナー氏(左から3人目)は、藤田さんの人生において、メンターとして今なお、強い影響力を持っているという。
■夫婦で、大学フットボールの名門校として知られるオハイオ州立大学「バッカイズ」の全米チャンピオンシップ決勝戦を観戦。

点と点はつながる

失敗は誰にでも起きるものだと思います。大切なのは失敗そのものではなく、その後にどう向き合うかです。誠実に受け止め、改善し、学び続ける。その積み重ねが、やがて信頼へとつながっていきます。人生も会社経営も、その繰り返しです。

創業以来、「ワンステップ・アット・ア・タイム(一歩ずつ)」という言葉を大切にしてきました。一歩ずつ進む。それだけのことです。奈良で育った一人の少年が物理に出会い、アメリカへ渡り、研究者となり、起業し、そして故郷の未来づくりに関わるようになるまでの道のりは、決して一直線ではありませんでした。迷いもあり、失敗もありました。それでも一歩ずつ歩みを重ねてきました。

人生とは不思議なものです。高校生の頃、父方の祖父や叔父が外交官だったこともあり、外交官になることが夢でした。しかし理系が得意だったため、理系に進むと外交官の道は難しいと考え、その夢はいったん諦めました。ところが数十年後、日本政府からクリーブランド初代名誉領事を務めてほしいという依頼をいただき、日米の架け橋として活動する機会を得ることになりました。その役割は、外交官に通じる側面もあります。

遠回りに見えた経験も、振り返れば点と点がどこかでつながっていることに気づかされます。37年越しに授与された名誉博士号も、そのことを改めて教えてくれる出来事でした。

だからこそ、今日の一歩にも意味があります。その一歩が、いつか思いもよらない未来へとつながっているかもしれません。

藤田さんの故郷・奈良県宇陀市での記念式典に出席。当地で開催される「千年未来塾」は、登壇者と市民が立場を越えて語り合い、地域の未来と可能性について意見交換を行う。

藤田浩之
1966年生まれ。奈良県出身。日本出身の実業家・研究者であり、医用画像診断装置分野において世界的に活躍。2006年、米国オハイオ州クリーブランドにQuality Electrodynamics(QED)を創業し、同社をMRI基幹装置の一つであるラジオ周波数コイルの開発・製造におけるグローバル企業へと成長させた。2019年にはキヤノン株式会社による買収に伴い、キヤノンメディカルシステムズCT-MR事業部の最高技術責任者に就任し、2022年にはCanon Healthcare USA, Inc.の会長にも就任。 早稲田大学で学んだ後、モンマス大学にて数学・物理学の学士号、ケース・ウェスタン・リザーブ大学にて物理学博士号を取得し、同大学兼任教授として教育にも携わっている。17件の特許と40本以上の論文を有し、国際磁気共鳴医学会シニアフェローにも選出。2025年には早稲田大学より名誉科学博士号を授与された。 オハイオ州立大学前理事長、クリーブランド・クリニックの基幹病院の一つであるヒルクレスト病院理事長をはじめとする多くの機関で要職を歴任するほか、2018年には在クリーブランド初代の名誉総領事に任命された。日米関係の強化に貢献し、2025年に外務大臣表彰を受賞している。
 
Quality Electrodynamics
https://www.qedinnovations.com
6655 Beta Drive, Mayfield Village, Ohio 
【著書】
「道なき道を行け」(小学館)
「Fail Fast! 速い失敗が未来を創る」(ウェッジ)


(7/2/2026)

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