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杉下ジェフリー拓海
Jeffrey Takumi Sugishita
アーティスト Nonaka-Hill Gallery学芸員
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「2025年1月のイートン火災で、住んでいたアトリエ兼住居を失いました。できる限り作品を救出しましたが、少なくとも500点を超える作品を焼失しました。まだ火が残っているその家を写真に収めたのですが、結果的にそれが注目を集めました」ちょうど1年前の山火事でアルタデナは甚大な被害を受けた。杉下ジェフリー拓海さんは、そのアトリエで絵や彫刻、写真、映像などあらゆる作品を生み出してきた気鋭のアーティスト。彼はどんな半生をたどり、そして次に何を見据えているのだろう。
1998年ロサンゼルス出身。父と母と姉の4人家族。幼い頃、プリンターからコピー用紙を盗んではクレヨンや色鉛筆で昆虫や鳥や恐竜を毎日40枚は描いた。とにかく自然物が大好きだった。「僕にとって観察対象を理解するための一環だったと思います」父は天真爛漫な変わった人で、家の裏庭の木に自らツリーハウスを作り、そこに暮らすような人だった。「食事さえも、自ら作ってそこに運んで食べていました。3年間も。父に僕は多大な影響を受けています」アウトドア好きな父は、森や砂漠、海、キャンプによく連れて行ってくれた。ゆえに自然のなかで遊ぶことと作品を作ることは杉下さんの中でダイレクトに繋がっている。
また母に連れられて通い始めた茶道も彼に影響を与えている。9歳の時、ダウンタウンにある禅宗寺の茶道部へ入門。山火事の後、暮らしている現在の住居は、旧知の茶道の恩師の紹介により移り住んだところで、ボイルハイツにある日蓮宗米国別院。
高校を卒業した2016年から1年間は椎間板ヘルニアの治療で自宅療養の生活を送った。授業中同じ姿勢で絵を描きすぎたのが原因だ。その後回復し、コミュニティカレッジへ進学。2020年に芸術の道を志してアートセンター・カレッジオブデザインへトランスファー。2021年、大学に通うためアルタデナに在住していた茶道の恩師の自宅へ移り住んだ。同年からハリウッドにあるノナカヒルギャラリーで学芸員として勤めながら、自身の学業と創作活動を精力的に続け、2023年にファインアート科(BFA)を首席で卒業。無論、卒業スピーチの役も担った。
その自宅が山火事で焼失。2025年2月に、山火事の被災者である作家たちのグループ展『One Hundred Percent』にてデビュー。4月にNeo LA ギャラリーで個展を初開催。グループ展や二人展にも参加し、注目を集めた。同年7月、火事当日に、火が残る自宅を背景に自身と作品を撮影した写真作品がアーマンド・ハマー美術館に所蔵される。「僕が作品を作るのは、世界の解像度を高める手段の一つです。世界を知ることは自分を知ることに繋がり、そこからまた新しいものが誕生します」今後生まれる作品からますます目が離せない。


(1/14/2026)
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