筆者・志村 朋哉
南カリフォルニアを拠点に活動する日米バイリンガルジャーナリスト。オレンジ・カウンティ・レジスターなど、米地方紙に10年間勤務し、政治・経済からスポーツまで幅広く取材。大谷翔平のメジャー移籍後は、米メディアで唯一の大谷番記者を務めた。現在はフリーとして、日本メディアへの寄稿やテレビ出演を行い、深い分析とわかりやすい解説でアメリカの実情を日本に伝える。
通信006
SNS時代が後押し?
大谷翔平が満票MVPを手にした理由
当然の結果ではありますが、大谷翔平が2年連続、4年間で3度目となるMVPを受賞しました。
史上初となる3度目の満票での受賞(2度目も史上初でした)。さらに、指名打者専任選手のMVP受賞も史上初の快挙です。他の選手が守備で果たす役割を攻撃面で補って余りある活躍ぶりが、大谷のバッティングと走塁の卓越さを物語っています。
大谷を語るとき、「史上初」という言葉が何度も出てきますが、約150年の歴史を誇るメジャーリーグでも異次元の存在ということです。
ロサンゼルス・タイムズの名物コラムニスト、ビル・プラシュキーは、大谷の今季の活躍を「ロサンゼルスのスポーツ史上で最も価値のあるシーズン」と称賛しました。ここ数年のポストシーズンでの残念な敗退で、ドジャースはLA住民の誇りではなくなってしまっていた。しかし、大谷の加入によって、再びLAは「ドジャースの街」になったとプラシュキーは述べています。
「たった一人の選手が、一つのシーズンで、これほどまでにスポーツを支配し、街を変え、世界を驚かせ、優勝をもたらしたことはなかった」
満票の理由
アメリカン・リーグとナショナル・リーグから一人ずつ選ばれるMVPは、全米野球記者協会に所属する記者たちです。チームが本拠地を構える各都市から二人ずつ、計30人の記者が投票します。例えば、ドジャースのあるロサンゼルスで、今年のナ・リーグMVP投票を任されたのは、『ジ・アスレチック』のファビアン・アルダヤ記者と共同通信の白石明之記者です。
投票はポストシーズン開始前に行われるため、判断材料はレギュラーシーズンの活躍に限られます。近年、票が一部の候補者に集中する傾向が強まり、昨年と今年も両リーグで満票のMVP選出となりました。大谷やア・リーグMVPのアーロン・ジャッジが文句のつけようのない活躍をしたのは間違いありませんが、それ以外にも理由はあります。
一つは、記者の間で新しい成績指標への理解が深まってきたことです。以前は、打率や本塁打数、打点などの数字をもとに、各記者が選手の価値を主観的に判断してきました。しかし、今は一目で選手の実力や貢献度を指し示す指標が、簡単に参照できるようになりました。
例えば、現地記者がMVPを選ぶ上で重視するWARという指標があります。投球や走攻守でのチームへの貢献度を総合的に算出したものです。一部のファンから、大谷は守備をしていないから価値が低い、MVPを受賞すべきではないという声が上がっていましたが、WARには守備をしないことによるマイナス査定も含まれています。その指標で大谷は、他のナ・リーグ候補たちを大きく上回りました。それに加えて、史上初の「50本塁打・50盗塁」達成という印象面でのインパクトがあり、チームもメジャー最高成績を残したのですから、満票なのは当然です。
票が割れなくなったもう一つの理由は、SNSの存在です。多くの野球記者が、X(旧ツイッター)などで情報を配信するだけでなく、ニュースや試合のハイライト映像をチェックしています。そこで「誰がMVPにふさわしい」などといった議論を目にして、「世論」の影響を受けるのは自然なことです。その結果、昔のメジャーリーグで見られた「なぜこの選手が選ばれたのか?」というような意外性のある選出が減った一方で、「誰が選ばれるのか?」というドキドキ感も薄れたと言えます。
年齢的に野球選手としてピークを迎えているであろう大谷は、来季もMVP最有力候補です。特に早い段階で投手として復帰して、シーズンを通して二刀流で活躍できれば、エンゼルス時代とは比べ物にならないくらい注目を集めるはず。何をやってのけるのか、今から楽しみでなりません。
(11/25/2024)