【ロサンゼルスで暮らす人々】アイデンティティーをさらけ出す 琉球獅子舞を次世代に受け継いでいきたい

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LA暮らし

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片岡恭介
Kyosuke Kataoka


獅子組LA 団長

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獅子組LA団長の片岡恭介さんと、妻の飛鳥さん

 「母方の祖父は奄美大島の出身です。奄美大島は鹿児島県ですが、琉球文化が色濃く残っている土地でもあります。自分のルーツに目を向けたとき、日本・琉球芸能の活動をここLAで、周りや次世代に広げていきたいと思うようになりました」片岡恭介さんは、獅子組LAという団体を2022年に立ち上げた。そこに通うのは高校生から20代の若者約12名。依頼があれば、獅子舞を携えて現地に行き、華麗に舞い、拍手をもらう。獅子組LAの団長として、妻の飛鳥さんと共に二人三脚で歩んできた。

 驚くべきことに獅子舞は二人のお手製だ。自宅にはなんと6体の獅子舞を保管している。顔の部分は発泡スチロールを彫刻のように掘り、丹念に作るという。獅子の毛の部分は、毛糸。戦前は芭蕉布というバナナの木の皮を乾燥させて糸状にして作られていたらしいがそれも昔の話。カラフルな獅子はそれだけで目を引く。どんな歩みを経て、琉球獅子舞という伝統を受け継ぐことに情熱を注ぐようになったのだろう。伺ってきた。

 1996年加州トーランス出身。駐在員の父と母と妹の4人家族。日系人2世としてこの地で暮らしてきた。ノース・トーランス高校を卒業後、CSULBに進学。「自分は一体何者なんだろう」という問いは片岡さんの中に昔からあった。「アメリカ人になりたいと思って、日本のものを忌避するフェーズもありました」と正直に告白してくれた。母の影響で、LA奄美会のイベントに参加する機会があり、そこで琉球芸能と出会った。その後、北米沖縄県人会にも参加するようになり、17歳の時に琉球獅子舞と出会う。最初は沖縄の伝統芸能であるエイサー太鼓に熱中したが、10年間ののち、その舞台から降りた。しかし、それでも「日本の芸術をやりたい」という気持ちは消えなかった。「ここにないものを立ち上げたい」という気持ちから、しばらく離れていた琉球獅子舞に回帰する。仲間を集め、本来は獅子一頭で舞うことが主流の琉球獅子舞を、複数の獅子が同時に一斉演舞するダイナミックな表現へと昇華させたのは獅子組LAを立ち上げた翌年の2023年のことだった。「自分のアイデンティティをさらけ出せる場所を探していたのだと思います。文化を受け継いで次に繋げていくことに意味を感じました」

 獅子舞として舞う時、気をつけているのは、かしら(獅子舞の頭)の角度と歩き方だそうだ。それをどれだけ動物っぽい仕草にできるか、そこが勝負。獅子舞の口を開けすぎないようにするとリアルさが増すということも教えてくれた。「どうやったら獅子舞に親しんでもらえるかということを考えています。見ているお客さんが喜んでくれるのが何よりの楽しみ。Instagramで僕らの活動をフォローして下さい」

片岡恭介さんは「若い世代に受け継ぐことができるのは喜び」と語る。
インスタグラムで活動報告をフォローすることができる。

(1/22/2026)

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