【特別連載】〜エピローグ1〜 次の時代へ贈る

業界大手の総合商社に入社、20代で輸出業務で世界30ヶ国に出張、米国で倒産寸前だった会社を立て直し、タイヤ業界で１０００億円を達成する世界企業に成長させた。「限界と突破」の狭間で葛藤を繰り返しながら、人生を駆け抜けてきた。

１９９０年代半ば、NITTOTIREは水谷さんが先頭に立って、アメリカ市場のニーズを徹底調査し、ホンダ車ブームを巻き起こしていた車好きや走り屋たちの心をわし掴みにした新たなタイヤの商品開発に乗り出した。「日本人でホイール業界先駆者であるアンディ安藤さんのおかげで進むべき道に手ごたえを感じ、商品が開発され始めても、知名度が致命的に低く今ひとつ販売が思うように伸びません。タイヤ業界Ｂｉｇ３といわれる巨人たちは、Super Bowl などの全米注目イベントで飛行船を必ず飛ばす 『Goodyear』、負けじと Super Bowl Half Time Show の冠スポンサーには『ブリヂストン』、たくさんのテレビＣＭ量で圧倒する『Michelin』に対し、こちらは年間広告は当時わずか30万ドルの予算しかありません。従来のＰＯＳや業界紙を中心としたやり方を捨て、ホンダ車“Enthusiasts“対象の雑誌とイベント一本に絞った結果、確かな手ごたえを掴みました」

マーケティングをデジタルへ舵を切る

　１９９５年Netscape のブラウザーが注目を浴び始めホームページ作成のために、まずドメイン登録に走るも、Nitto.com は間に合わず取得できなかったが、Toyo.comは取得できた。そこから、定番であった製品紹介のカタログと全米の特約小売店のリストからまずはスタート。「１９９７年に、当時の日本の３大チューニング・ブランド『アペックス』米国法人社長Toshi葉山さんから学生起業家JustinChoi氏を紹介してもらいました。当時のインターネットはまだ草創期で、どこも文字と写真だけの時代。しかし、前年に発売されたばかりのFlashというソフトを使えば、文字が動かせるのだとChoi氏の提案を受けて、予算を急きょ組み直し思い切って彼の企画に投資しました。結果、大反響を呼び知名度も一気に向上したんです」。その後、今に至るまでずっとNittoブランドを支え続けてくれたJustinChoi氏の時代の流れを先取りする的確なアドバイスのもとに、ＳＮＳやYouTubeなどのデジタル・メディアにいち早く注力し、Facebookのファン数ではタイヤ業界で一番最初に一千万人を突破。前に立ちはだかる業界の巨人の大きさを嘆くのではなく、視点を変えて時代の流れを見極め、思い切って先駆けを走れば大きなチャンスが広がっていくことを身を持って体験した。

天才デザイナー市来さん

　アンディ安藤さんが、Enthusiasts市場へ導いてくれた恩人ならば、日本におけるオフロード市場の先駆者、市来裕昌さんは、ライトトラックの師匠だ。「私がまだ日商岩井にいた商社マン時代、ジープを買い付けに訪米されていた市来さんを紹介された時は衝撃的でした。私が『Nitto Tireを担当しています』と自己紹介するなり、市来さんは『あんな特徴のないタイヤは値引きするしか売れないでしょ。それであなたが会社で肩身が狭くて困ってるなら、とっておきの良いアイデアを教えましょう。夜遅くコンテナ・ヤードに忍び込んでコンテナごと海に落としちゃいなさい。そうして、保険金がもらえれば、商売するより儲かるでしょ』と。辛辣極まりない言葉です。しかし私は、市来さんの即座に真実の的を得るコメントに心を強く捉えられ、冷静に喰らい付いていくと意気投合。やがて車のトレンド、小売店や消費者の心理に関し頻繁に電話で教えて頂ける師匠、且つブレインとなって頂きました」

　今や Nitto ブランドの大黒柱のオフロード・セグメントへ飛び込んだ際に、惜しみなく全てを教えてくれたブレインで大恩人の市来氏。日本人でありながらアメリカ人オフロードファンの心を20年以上もわし掴みにしている”Mud Grappler” のデザイン・コンセプトを考えたデザイナーだ。恐竜をコンセプトとした”Mud Grappler” は、その鮮烈なインパクトで映画『トランスフォーマー』に自分たちの知らない間に採用されスクリーンに映し出され、さらに熱狂的なファンの中には特注でタイヤをモチーフにした結婚指輪を装着したカップルが訪ねて来たりするほど、愛されている商品なのだ。「市来さんへの労いの夕食会場に掲げた予約の名前こそに凝縮されています。『世界に誇る日本の宝 天才デザイナー市来裕昌』」

世界で一番高いタイヤを販売する

　水谷さんが有名大学・大学院に続けて講演を依頼される理由は「年商６億円の潰れかけの無名ブランドが、市場で最も高いトップブランド製品を販売し１０００億円を遥かに超えるまで成長したストーリーを聞きたい」ということだ。「その成功をあえて一言でまとめると、『業界の大変革の波をいち早くキャッチし、素晴らしく有能なパートナーに恵まれたから』です」

　日本のバブル全盛期には日米経済格差が大きく縮まった80年代後半だったが、そのバブルが弾けた後、出口が見つからず停滞している日本とは逆にアメリカは ＩＴブームで一気に経済成長が加速し始める。伸びゆく消費市場の主役に、Fordが革新的商品を投入し、大きなトレンドを生み出した。「まずは、Luxuryセグメントでセンセーションを巻き起こしたLincolnブランド Navigator。ライバルの Cadillac の全米のディーラーが、ＧＭ本社を動かし、パトカーを製造していた工場のラインを総入れ替えし、Escalade を急きょ生産する事態となりました。結果、全米のパトカーからＧＭの新車が一時的に消えたほどです」

　もう一つは、全米でオフロードブームの礎となった１９９７年にデビューしたFordSuper Duty。製造コストがかかり燃費も乗り心地を犠牲にしても、丈夫さに優れたストレート・アクセルのシャーシを採用し、年間販売台数が40万に迫る大ヒットとなる。２００３年初頭、懇意にしていたLight Truck をカスタマイズする雑誌の中で当時最も人気のあった”Truckin'”誌Kevin Wilson編集長が、「当誌は今まで車高を低くすることで業界をリードしてきたが、読者からSuperDutyで車高を上げる特集をしてほしいとの要望が急増し試してみた。すると、売上が記録を更新した。Super Dutyで市場が一変する。Enthusiastsは、車高を下げるのを止めてこれからは車高を上げる。タイヤもストリート用からオフロードになっていくのは間違いない。誰も製造していないオフロードタイヤを、大きなホイールと組み合わせてみろ。皆を狂喜させるぞ！」と熱く教えてくれたという。

　それまで自分がまったく無縁で知らないオフロードの世界。「でも、年間40万台の販売数は、とてつもなく魅力的。よし次はこれに賭けてみよう！」水谷さんは、専門家の市来さんからの多大なサポートをもとに市場調査で20〜22インチなどのオフロードの大口径に大きな可能性があることを確信し、日本本社に詳しいレポートを送ってオフロードタイヤの製品開発を提案した。しかし、当時の本社はオフロード用大型口径タイヤを手掛けた経験はまったく無く、製造設備への投資額を試算すると年間の総利益にも匹敵し、失敗した時のリスクがあまりにも巨大。本社にとって、新しい開発は検討の対象にすらならない。「会社へ与える損害リスクの大きさを考えれば、却下される理由はよく理解できます。しかし、一方で市場を歩けば歩くほど大きな可能性を感じ手ごたえが強まります。毎月毎月データや市場情報を集めてプレゼン。私は本社側になぜ反対するのか理由をしっかり聞き、ダメだと言われるポイントを潰すプレゼンを用意しました。断られても断られても。諦めずにそんなことを約２年近く繰り返して、ついに開発に漕ぎ着けたんです。ついに設備投資を承認して頂いた細田専務（当時）より、『どのブランドも未だ手掛けておらず、そんなに熱望される商品なら、世界一高い値付けで販売すること』との条件が付けられました」

　夢見た製品がとうとう完成し、卸に商品を持ち込んだ時、「大型トレーラーやバス用タイヤよりも高い値付けなんて非常識だ！」と市場を理解していない大半の卸会社より門前払いされ続ける。そこで、注文を欲しがっている小売店に行き、店主から取引先の卸会社の社長に電話を一本頼み、「お前にNittoの新商品の在庫が無いなら、お前の一番のライバルに俺が頼み込んでそちらから買って取引を広げる。つべこべ言わず Nitto の新商品をお前の倉庫の棚にすぐ揃えろ！」と話してもらった。そして、すぐ注文が卸会社より入手できた時は爽快だった。

　カンザス州の業界トップのオフロードのホイールメーカーを訪ねた時のことだった。経営者から言われたのは「俺たちもまったく同じ発想で大手のタイヤ会社に共同開発したいと逆に訪ね歩いたが、全て門前払いされた。それをタイヤ会社から同じ考えを相談されるなんて夢みたいに嬉しい。君らの本社説得に必要なデータなら、何でも我々は開示しよう。そして、商品を一刻も早く販売してくれ。一緒に新しい市場を創り出そう！」そう熱く励まされた時、大変勇気づけられたという水谷さん。後になって「よくあれだけ粘り強くできたね」と言われたという。あの時は市場に戻り、調査すればするほどに確信が強まり、諦める選択などまったく頭になかった。苦しさ、もどかしさは感じず、むしろ「絶対に説得するんだ！」とやる気に満ちあふれていた。商社マン時代にスーダンで真っ暗闇の中で銃口を向けられたり、アメリカ赴任時の毎日毎日赤字を垂れ流しながら悩んでも悩んでも抜け出せる灯りが全く見えなかった苦しい日々に比べると、成功への道が見え始めれば天国にいるような気持ちさえしていたのだ。

盟友 Jody 「拡販は、俺に任せろ」

　「Super Duty の年間販売台数が40万に迫り、魅力的なタイヤを製造できても、価格が高ければ購買層に限界があります。特にボトル・ネックが、ホイール価格でした。頑丈で重いSuper Dutyには、頑健なホイールが必要です。自動車メーカーは、スティール製のホイールを採用。しかし、20″以上の大口径タイヤと組合せるホイールはアルミ製でさらに強度に優れた鍛造が不可欠。しかし、鋳造に比べると鍛造は値段が５倍。市場をもっと広げるためには、手頃な価格のホイールがどうしても必要」。そこで、多くのホイール・メーカーとあらゆる可能性を追求し議論を重ねていく過程で、興味深いテクノロジーを教えてもらう。それは、ロシアで発明され、あらかじめ鋳型の中を真空にしてからアルミ原液を注いでいくCounterpressure 方式である。実はこの発明が、国難を救っている。この発明のおかげで、強度の強いアルミ製部品が生まれ、戦車の性能を著しく高めた。防弾のために鋼板を厚くしていく結果どんどん重くなりスピードや機動性が落ちる。しかし、ロシアは、同方式のおかげで軽くても強度がある部品を大量生産し、機動性の高い戦車を数多く戦線に投入し、第二次世界大戦の独ソの戦車戦を制した。このテクノロジーを使って、Super Dutyのホイール生産を試してほしいと日米の大手メーカーすべてに打診。市場の数字面から大変な潜在的可能性があることを市場の生の声をもとにプレゼンしても、どこのメーカーも設備投資金額が高いこと、馴染みのないテクノロジーであることで、二の足を踏んだ。完全に途方にくれ、その話を顧客であるタイヤとホィールの卸会社社長Jody Groce 氏に愚痴った時、彼の瞳孔が確かに開き一言、「資料をくれ。俺に任せろ！」と。Jody氏は、１９９５年にオクラホマの彼の小売店に、アポ無しで飛び込み訪問した時に優しく丁寧な対応で、さらに昼食までともにするほどに歓待してもらえた。それ以来ずっと懇意な関係が続いている。「彼は中国のホイール・メーカーの経営者を説得し、次々と魅力的なデザインで強度もある手頃な価格製品を市場に持ち込みました。そして、それらは爆発的なヒットとなり、おかげでSuper Duty向けタイヤも飛躍的に伸び、会社も急成長を成し遂げました」

　統計資料によれば、２００１年に中国からの海外へのホイール輸出は３００万本であったが、２０１７年には約２．３億本となり、世界のホイール市場をほぼ制圧した。このJody氏のエピソードは、マクドナルドのフランチャイズ創業者レイ・クロックの名言を地で行くものだった。曰く、”Be Daring, Be First, Be Different”「勇気を持って、誰よりも早く、人と違うことに挑め！」と。

＜次号へ続く＞

■TOYO TIRESとは
TOYO TIRES はユニークな発想と独自の技術力をもって人の心を動かす「期待や満足を超える感動や驚き」を追求し、ドライバーの理想の走りを実現するブランド。乗用車用タイヤをはじめ、ライトトラック用タイヤ、トラック・バス用タイヤと、フルラインで展開している。

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