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髙橋徳三 Tokuzo Takahashi
柔道家/Kuramoto US
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「米国籍を取ったのは偶然でした。子供が18歳になる前に取ろうと思ったことがきっかけです。その後、アメリカ代表として出られる可能性もあることに気付いたという感じです」身長188センチの柔道家・髙橋徳三さんはそう語った。質問のあと、じっくり考えてから言葉を紡ぐスタイル。スポーツの厳しい世界で戦ってきた人特有の、決して驕らない誠実さが見えた。
1976年函館市生まれ。友人の影響で柔道を始め、高校は実家を離れて奈良県の柔道強豪校・天理高校へ進学した。「僕は非常に弱い選手でした」そう振り返る髙橋さんだが、高校2年の頃から強くなりたい気持ちが芽生えてきた。きっかけは、高校時代の恩師・加藤秀雄先生の「試合では勝てない相手にも練習量で勝つことはできるぞ」という言葉。加藤先生は天理高校柔道部師範として29年間で16度の全国高校団体制覇、多くの世界チャンピオンを育てた名将である。この言葉で意識が変わり、自主練に励んだ結果、奈良県大会で優勝するまでに成長した。「しんどくてもやればできる」と学んだ経験は、その後の柔道人生の大きな財産となった。
1995年天理大学へ入学。柔道部員が100人を超える大所帯のなか、団体戦では活躍する機会もあったが、個人戦では全国学生柔道体重別選手権でのベスト8が最高成績だった。卒業後は新日本製鐵へ入社。姫路市を拠点とする新日鐵柔道部で、朝はトレーニング、午後2時まで勤務、その後は道場稽古と自主練習に励む日々を送った。9年間競技を続ける中、全日本実業団では毎年2位や3位に甘んじ、オリンピックという目標にはあと一歩届かなかった。その後は保健体育の教員免許を生かして教師を目指したものの、少子化の影響もあり道は開かなかった。
転機は天理大学OB会。LAの天理道場へ派遣する師範を探していることを知り、大学時代の恩師・細川伸二先生(1984年LA五輪金メダリスト)に「私でも行けますか?」と身を乗り出すように尋ねた。これが渡米へのきっかけとなった。
2008年夏に渡米し、LA天理道場で指導を開始。当初は5年の予定だったが、現地で道場を経営していた先生が急逝し、一転、髙橋さんが道場を支える立場に。その後、全米選手権で8度の優勝を達成。2021年には米国市民権を取得した。これによりアメリカ代表への道も開かれた。今年50歳を迎えた髙橋さんは先月5月にニューメキシコ州で開催された全米選手権に出場。準決勝で敗れたものの、3位決定戦を制して見事銅メダルを獲得した。「回り道に見えるかもしれませんが、これが僕の歩いてきた道です。天理柔道を心に置いて納得できる柔道を重ねていきたいと思います」


(6/10/2026)
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