「アメリカの民主主義」の闇 ジョージア州での「2021年公正選挙法」制定

アメリカ101 第78回

ジョージア州での「2021年公正選挙法」制定で、アメリカが再び、それが抱える政治面での亀裂の深さを改めて露呈しています。共和党が多数を占める州議会が、「公正な選挙の実現を確保する」ことを目的としたとする立法措置を採択、最終的に3月25日に共和党出身のウィリアム・ケンプ州知事が署名したのに対して、民主党支持者や公民権運動団体からは、「黒人を中心とするマイノリティー(少数派)の投票権に制限を加えようとする『有権者抑圧』であり、南北戦争後も黒人の公民権を実質的にはく奪してきた悪名高いジム・クロウ法の再来だ」と強く反発する動きが噴出、大きな政治問題となっているからです。

 

その余波で、プロ野球のMLB(メジャーリーグ)は、今年7月に同州の首都アトランタで開催予定だった“夢の球宴”オールスターゲームについて、「MLBはすべてのアメリカ市民に対する投票権を支持し、投票箱へのアクセスへの制限に反対する」(MLBコミッショナー、ロブ・マンフレッド)として、同市での開催を取り止め、他の都市で開催するという前代未聞の決定を発表しました(代替開催都市はコロラド州デンバーに決定)。また同市に本社を置く巨大企業コカ・コーラやデルタ航空も、当初は州議会で審議の段階では同法案への態度表明は控えていたものの、黒人組織や消費者団体からの強い圧力で、「この法律は投票権行使を難しくするもの」(コカ・コーラ社CEO【最高経営責任者】ジェームズ・クインシー)と糾弾する声明を発表。これを受けた、「私のCEOへのアドバイスは、政治に口出しするな、ということだ」という連邦議会上院共和党のトップであるミッチ・マコネル院内総務の反撃を買って、伝統的な共和党と大企業の間に存在していた“蜜月関係”に水を浴びせるなど、波紋が広がっています。

 

問題の法律は、2020年11月の大統領選挙でジョージア州では総投票数約500万票のうち、得票率でわずか0・26ポイント差で敗北したドナルド・トランプの”怨念”晴らしを狙った共和党の戦略だというのが同法反対派の主張です。トランプが、選挙結果が最終的に確定する直前の今年1月2日に、同州の選挙管理担当のブラッド・ラフェンスバーガー州務長官に電話をかけて、「オレは1万1780票を見つけたいだけだ」と懇請したことがワシントン・ポスト紙の特ダネで知られています。そうすれば、同州では得票数が一票上回って、民主党候補ジョー・バイデンを破り、同州の16の大統領選挙人を手にすることで全体の選挙人数で過半数を確保、再選への道が開けたという背景での発言です。今回の州議会での共和党の「2021年公正選挙法」推進は、「公正」(integrity)という高尚な名称を借りて、その敗北の苦渋を繰り返さないための「(共和党の)票起こし」ならぬ「民主党票潰し」 (有権者抑圧)を狙った露骨な党利戦略だというわけです。

 

一方、共和党側の同法推進の理由は、今回の大統領選挙では大規模な不正行為があったとして、そうでなければトランプは再選を果たしていたという観点から、不正防止のために期日前投票や郵便投票を制限する必要があるというものです。全文で98ページにおよぶ詳細を極めた内容で、投票所で順番待ちで行列する有権者への、第三者による水や食料の提供禁止、郵便投票用紙請求には身分証明書の提示が必要などなど、「重箱の隅をつつくような」という日本語の表現に相応しい“完全さ”です。

 

日本では基本的には「18歳以上の成人」有権者は住民基本台帳に基づいて、自動的に郵送されてくる投票所入場券を提示して投票という簡単なプロセスですが、“合州国”であるアメリカは、各州が独自の選挙制度で連邦選挙を実施しており、それが政争を生む背景で、「アメリカの民主主義」の“辛気臭さ”を反映したものと言えそうです。

 


著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)

通称:セイブン

1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。


 

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