犯罪絡みの新語「wrong house」 死傷者が後をたたないアメリカの現実

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アメリカ101 第183回

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このところアメリカでは、犯罪絡みの“新語”として「wrong house」という表現が注目されています。文字通りでは「間違った家屋」というわけですが、ここでは訪れる目的の家の位置や住所を勘違いしたりして記憶があやふやなまま違った家を訪れた結果、家宅侵入などを恐れるその家の住民が過剰に反応し、自己防衛のために手元にある銃器を発砲したことで死傷者が出るという経過をたどる事件を指します。

銃社会アメリカ特有の現象ですが、犯罪増加という社会現象に直面してこのところ連続して同様の事件が発生、大きく報道されたことで話題となっているわけです。

1992年10月に南部ルイジアナ州バトンルージュ市郊外で発生した「日本人留学生射殺事件」を記憶されている方が多いかと思います。当時高校2年生だった愛知県出身の服部剛丈という学生が、交換留学制度を通じてホームステイ先の父親が大学教授、母親が医師で同世代の高校生の長男の一家で留学生生活を過ごしていたのですが、ハロウィンパーティに、その長男と一緒に出掛けた際、
会場となった目的の家を間違えて玄関のベルを鳴らし、その家に入ろうとする動きを見せたため、その家の夫妻に怪しまれいくつかの行き違いがあったあと射殺されたというものです。

アメリカでは、「自宅は城」という「castle doctrine」(「自宅は城」のドクトリン)があり、自宅で犯罪行為により生命が危険にさらされた場合には、自己防衛行為が合法の正当防衛と認められるのが一般的で、「Stand your ground law」という、家だけでなく合法的に居る場所での場合でも正当防衛とされるケースもあります。

そして4月中旬に相次いで「間違って訪れた家」を舞台として死傷事件が発生したことから、報道機関が大きく取り上げています。例えば4月13日には、カンザスシティーで、84歳の白人の住宅オーナーが、家を訪れてきた黒人青年に向けて2発の銃弾を撃ち、重傷を負わせる事件がありました。この青年は友人宅に滞在している兄弟2人をピックアップするために出掛けてきたのですが、間違った住所の家を訪問して、この災難にあったものです。その数日後にはニューヨーク州ヘブロンという町で、間違ってドライブウェーに乗り込んできたクルマに家の主が発砲、ドライバーを射殺する事件がありました。さらには、テキサス州では、「間違った家」ならぬ「間違ったクルマ」に乗り込もうとしたチアリーダーの女生徒が撃たれるというケースも報告されています。

銃社会アメリカの異常な状況は悪化する一方です。全米で出回っている銃器の数は推定4億5000万丁とのことですから、全人口3億2000万人をオーバーするという有様です。そして治安悪化には銃で対応するという悪循環が続いています。「身の安全は銃で確保する」といった姿勢が続く限り、アメリカは銃社会から脱することはできません。ティーンエージャーの間では、銃暴力に
よる死因が交通事故を上回っています。

「Wrong house」現象は、単なる実態面での治安状況の悪化を反映しているだけでなく、社会秩序に対する信頼感が薄れている証拠でもあります。これまでのさまざまな理由、目指した住宅に辿りつけないというケースがあったわけで、最近、そんな“家探し”が一段と困難な外的状況が生じているわけではありません。問題は、近年アメリカ人の間での「恐怖感」(fear)が高まりをみせており、他人を信用できないという気持ちが高まっているという背景が、「wrong house」をきっかけに目立ってきたということでしょう。ある調査では、「人間を信用できるか」という設問に対して、1970年代には半分の人が「信用できる」と答えていたのが、2020年には回答者の3分の1弱しか「信用できる」と答えていません。アメリカ社会の「病根」の根深さを物語っているようです。

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著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)

通称:セイブン

1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。


(4/25/2023)

 

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