「Dollar Princesses」から見る アメリカとイギリス王室との関係

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アメリカ101 第152回

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イギリス女王エリザベス2世が96歳の長寿を全うして亡くなりました。在位70年7か月という、歴代君主では最長の治世で、26歳の若さで即位して以来、「大英帝国」の衰退から「普通の国家」への変化を見守り、波乱の英王室の要として、国民から終身愛され、尊敬されてきました。そしてアメリカでも、両国の「特別な関係」もあって、死去に伴い、メディアでの扱いは最大限、各テレビネットワークは揃って、それぞれ特別番組を編成/放映するほどでした。そこで今回は、あまり知られない共和国アメリカの市民と君主国イギリスの王室・貴族との繋がりを探る、「フレンチ・コネクション」ならぬ「アメリカ・コネクション」がテーマです。

 

アメリカとイギリス王室との関係といえば、よく知られたアメリカのウォリス・シンプソン夫人と、エリザベス女王の伯父にあたるエドワード8世との「世紀の恋」が有名ですが、アメリカ人とイギリスの王室・貴族とのコネクションは枚挙のいとまがないほどです。

例えば、19世紀末時点で、貴族だけで構成されるイギリス議会貴族院では、実に議員3割強は母親がアメリカ人でした。それというのも、この時代には、イギリスの貴族の多くが広大な土地や壮麗な城である邸宅を有していたものの、肝心の「手元現金」に欠く有り様で窮しており、そこから脱するために、文字通り競って、世紀末の経済ブームで巨額の資産を築いたアメリカ新興富豪の子女の「持参金」をアテにして、アメリカ人女性を結婚相手とするケースが当たり前という状況でした。そして、「多額のドルを手にイギリス貴族に嫁いだアメリカ人女性」の呼称として「Dollar Princesses」という新語が定着するほどになります。

よく知られたケースが、第二次世界大戦でナチス・ドイツによる侵攻の危機に直面したイギリスで、徹底抗戦/反攻のシンボルとなった宰相ウィンスト・チャーチルの出目です。父親はイギリス貴族ランドルフ・スペンサー・チャーチルですが、母親は、1874年に、知り合ってわずか3日後に婚約を交わした、アメリカ人大富豪レナード・ジェロームの次女ジェニー・ジェロームです。その後ジェニーは別々のイギリス陸軍士官と2回結婚していて、3人目の結婚相手は、義理の息子ウィンストンより3歳年下という「奇妙さ」でした。

アメリカの富豪子女とイギリスの困窮貴族の結婚は、それぞれにとって社会的地位の確保と資金源の確保という点で、現代流に表現するなら「ウィン・ウィン」(win win)の関係ということでしょう。

このチャーチルのケースでは、高位の貴族でしたが、アメリカの富豪といっても、そこそこの富豪の子女では、結婚相手の貴族は最下位の男爵(Baron)で満足せねばならないケースもあったようです。そんなケースのひとつとして、アメリカの鉄道会社経営で、ある程度成功した起業家の子女フランシス・エレン・ウォークが1880年にイギリスの第3代ファーモイ男爵と結婚したのですが、時代が巡り巡って、その子孫のひとりが「あの」ダイアナ妃の曽祖母であったため、エリザベス女王の死去にともない新国王となったチャールズ3世の長男ウィリアムと次男ハリー王子は、このアメリカ人女性の曽孫(greatーgreat―grandchildren)という巡り合いになりました。

ということで、イギリスの王室メンバーにはアメリカ人の血が流れているわけで、宗主国とその植民地というアメリカ建国以来の関係、英語という母国語の共有を含めた多角的な繋がりが「特別な関係」の基礎ということでしょう。

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著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)

通称:セイブン

1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。


(9/13/2022)

 

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