テンダラー漫才会inロサンゼルス

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テンダラー結成30周年記念公演

~テンダラー漫才会inロサンゼルス~
ふたたび上方漫才が大炸裂!

「アメリカで漫才ステージに立つ日が来るなんて、30年前は想像もしてなかった」

テンダラー 白川悟実(左)・浜本広晃(右):1994年6月に結成。1998年に「第19回 ABCお笑い新人グランプリ」で新人賞を獲得する。2006年と2008年には「MBS新世代漫才アワード」で準優勝した。2011年と2012年に「THE MANZAI」の決勝に進出。ビートたけしから高評価を受け、2015年に「ビートたけしのエンターテインメント賞」日本芸能賞を獲得した。「THE SECOND ~漫才トーナメント~」の2023年大会でグランプリファイナル(決勝)に進出している。

真っ青な空の下、ストライプのスーツでポーズ!テンダラーの二人がロサンゼルスに着いて真っ先に向かったのはハリウッド。今年結成30周年を迎え、9月19日に「テンダラー結成30周年記念公演 ~テンダラー漫才会inロサンゼルス~」を敢行、実に10年ぶりのLAでの漫才ステージを目前にしてテンションマックスのテンダラーにハリウッドのジャパン・ハウスロサンゼルスで直撃インタビューした。30年前の相方との出会いから、上方漫才への思い、吉本新人時代の裏話、アメリカでの漫才挑戦に至るまで、テンダラーの白川悟実さん、浜本広晃さんコンビの本音トークを一挙公開。

お二人にとって、LAでの漫才チャレンジは2度目になります。アメリカで漫才を披露したいと思ったのはなぜですか。

浜本:そもそもコンビ名が「テンダラー」っていってるのに、実は初めての海外公演はタイのバンコクでした。そのときにテンダラーっていうてんのになんで通貨がバーツの国で漫才をやってるんやと。やっぱりドルの国に行かなあかんてなった。香港ドルにする?って言ったら、いやアメリカドルに行こうと。アメリカに来たのは、コンビ名にちなんだ理由が大きいです。

◼︎ジャパン・ハウス ロサンゼルスにて。

上方漫才の文化をアメリカで広めていきたいとお聞きしました。

白川:スタンダップコメディの本場アメリカ人の人たちに、上方漫才がウケたらオモロイなと思って。アメリカ人をどっかーんと笑わせたら、アメリカで「僕も!私も!ジャパニーズマンザイをやりたい」っていう人が出てくるかもしれないですもんね。吉本でアメリカ人のNSC生がエラい増えてきたなってなるかも(笑)。

今年はテンダラー結成30周年。お二人が漫才に興味を持ったきっかけを教えてください。

浜本:30年前にこの世界に入ったばかりの時は、正直、漫才に対してそこまで深い気持ちはなかったかもしれないです。若かったから「なんかオモロそうやな。ちょっとやってみよか」くらいの軽い気持ちでした。

白川:僕もそうです。子供のときからプロ野球選手になりたくてずっと野球をやってました。それがある時、なんや楽しそうやから漫才やってみよかってなった。今の若い芸人の中には、早いころから「漫才師になってM-1グランプリを目指すぞ!」っていう目標をしっかり持ってる人も多いけど、僕は、漫才で天下を取ってやるとか全然そんなんじゃなかったですよ。

浜本:子供の頃の性格も取り立てて明るかったわけでなくまったく普通の子でした。だからまさか、30年後にこうやってアメリカで漫才やってるだなんて、想像もしてなかった。学生時代の自分が今の自分を見たらびっくりすると思います。

お二人はどうやって出会ったのですか。

浜本:僕たちはバイト先で出会ったんです。大阪のアランドロンていうショーパブで、難波店・梅田店という別々の店舗で働いてたから直接喋ったことはありませんでした。月に1回お店の親睦会でボーリング大会があってそこで見かけるくらい。で、僕がある日お店を辞めてお笑いの世界に入ろうとなった時に、他の従業員から「梅田店の白川さんは昔、吉本の学校に行ってたんやで」と聞いて、それで白川さんに「今度僕と一緒にネタをやってくれませんか?」と誘ったのがすべての始まりです。

白川:それで、二人でほんの軽い気持ちで吉本のオーディションを受けてみたら受かって「うわーー受かった!じゃあいっぺん本格的に漫才をやってみいひん?」て。そのオーディションに受かってなかったら、漫才をやってなかったかも。

◼︎LALALAのインタビューに答えるテンダラー。(場所:ジャパン・ハウス ロサンゼルス内・5FにあるUKA Restaurant)

漫才師として心がけていることは何ですか。

白川:僕はテンポがいいとよく言われるので、年とって動きが悪くなったらあかんなと。やっぱりつっこみは、テンポがよくて聞きやすいのが大事だと思います。

浜本:でもね、少し年とってくると、たまに劇場の朝早い出番の時、朝起きてステージで初めて大きい声を出した瞬間に声が「カスっ」ていう時があって、あれは焦りますね(笑)。

劇場の朝一番の出番は、何時ですか。

浜本:若手の頃は、トップバッターで朝10時の出番がありました。

白川:朝10時からお笑いを観に行くってすごくないですか。遠くから来るお年寄りはめちゃめちゃ早起きしてバスに乗って劇場に着いて、ホッとしたらみんな客席で寝てるんですよ。

浜本:だからトップバッターは、客を笑わす前に起こさなあかんっていうのがお決まりでした(笑)。

面白いネタは、どのような時に思いつくことが多いですか。

浜本:例えば、どこかのお店に行って店員さんにイラッとする対応をされた時。このイラっとした嫌な気持ちを人に喋ると「こないだ店でこんなん言われた」「えー何それー!?」って盛り上がるじゃないですか。「怒り」は大いに「笑いのネタ」になるんです。

白川:ネタについては、僕はちょこっとアイデアを出すくらいで…。

浜本:白川さんは普通にしてるだけでネタが満載なんです。例えば、白川さんがタイ旅行から帰ってきてそれも半年後。知り合いが「白川さんがタイでゾウの免許取ったみたいやで!ゾウに乗れるんやで」僕は「ええ!?ゾウの免許って何?知らない間に相方がゾウ使いになってた」。それから1年後に白川さんがまたタイに行った。そしたら今度は「白川さんゾウの免許の〝更新〟に行ったんやて」「更新なんかあるんや!?」。白川さん、僕に何も言わへんけど、面白い人なんです。もしかして今回LAでもヘンな免許取ろうとしてるかもしれない(笑)。

9月19日、トーランスのJames R. アームストロングシアターで開催された、LALALA主催「テンダラー結成30周年記念公演 ~テンダラー漫才会inロサンゼルス~」。

会場では地鳴りがするほどの笑い声がひっきりなしに沸き起こったテンダラーステージ。なんと!盛り上がりすぎて、90分の予定が100分のステージに。テンダラーの白川さん・浜本さん本人も勢いあまってしゃべりが止まらなかったと話していたほど。

「一人焼肉」「野球観戦」「失礼な店員」「ディナーショー」「ヒーロー」や、大人気の時代劇漫才「必殺仕事人」などなどテンダラーネタが次々にテンポよく炸裂し、客席も爆笑しっぱなし!さらに、LAだけのスペシャルおまけ「英語漫才」では、イングリッシュスピーカーのお客さんをも、笑いのとりこに。おかげで、翌日は「笑いすぎて、お腹の皮が痛い」という人も。

「次は40周年ライブとはいわず、ちょくちょくLAに漫才をしに来たい」と話していたテンダラー。次回のLAステージに乞うご期待。

ジャパン・ハウス ロサンゼルス

https://www.japanhousela.com 
ハリウッドの中心に位置するエンターテイメント施設、オベーション・ハリウッド内にあるジャパン・ハウス ロサンゼルスには、日本文化発信拠点として、また日米交流による人材育成のプラットフォームとしての期待がよせられている。2階と5階の2フロアで構成されており、2階にショップとギャラリー、5階はサロン、ライブラリー、ミシュラン一つ星を獲得した懐石レストランUKAで構成されている。 

◼︎ジャパン・ハウスロサンゼルスのショップを散策。

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