筆者・志村 朋哉
南カリフォルニアを拠点に活動する日米バイリンガルジャーナリスト。オレンジ・カウンティ・レジスターなど、米地方紙に10年間勤務し、政治・経済からスポーツまで幅広く取材。大谷翔平のメジャー移籍後は、米メディアで唯一の大谷番記者を務めた。現在はフリーとして、日本メディアへの寄稿やテレビ出演を行い、深い分析とわかりやすい解説でアメリカの実情を日本に伝える。
通信009
中年おじさんをも魅了する新作映画
『ウィキッド』がヒットした理由
ブロードウェイで『ウィキッド』を見たときの感動を今でも覚えています。大人になってから初めて見たミュージカルでした。一幕ラストの「Defying Gravity」を聴き終わったときは鳥肌が立ち、思わず立ち上がって拍手を送ってしまいました。私がミュージカルの魅力にハマった瞬間でした。
2003年に初演された『ウィキッド』は、『オズの魔法使い』の裏話として考えられた物語で、西の魔女・エルファバが、どうして「悪い魔女」と呼ばれるようになったのかを描いています。ブロードウェイの興行収入では、『ライオンキング』に続いて史上2位という超ヒット作品なので、知っている人も多いでしょう。
その『ウィキッド』が映画化され、第1部が公開から3週間で、世界興行収入4億5000万ドルを突破し、ブロードウェイの映画化作品として史上最高のオープニングを記録しました。批評家と観客の両方から支持を受け、アカデミー賞でもノミネートが期待されています。
『オズの魔法使い』は、アメリカで最も愛されている物語の一つです。特にジュディ・ガーランド主演の1939年の映画は、アメリカでは観たことがない人の方が少ないくらいです。『ウィキッド』は、そんな「20世紀の古典」の続編となりうるような出来で、「21世紀の古典」となるもしれません。
映画『ウィキッド』の魅力の一つが、主演二人の圧倒的な存在感です。
エルファバを演じるのは、『カラーパープル』でトニー賞とグラミー賞を手にした実力派俳優シンシア・エリヴォ。芯が強いけれども壊れそうなほど繊細な女性を見事に演じています。エルファバと友情を育む南の良い魔女・グリンダ役は、実力派歌姫アリアナ・グランデ。特に表情がアップになる映画では下手すると「やりすぎ感」が出てしまいかねない、派手で人気者のグリンダのキャラクターを、憎めない存在としてユーモラスに演じています。もちろん二人の圧巻の歌唱力はいうまでもありません。
上映時間は第1部だけで2時間40分と長めですが、不思議と長さを感じさせません。さすが(『クレイジー・リッチ!』の)ジョン・チュウ監督といった印象です。舞台版以上に、心情の変化や友情の進化が丁寧に描かれ、主人公たちの心の動きを追体験できます。映像も美しいので、「オズの魔法使い」の世界観に没入できます。
『ウィキッド』という物語が世界中の人を魅了し続ける理由は、ポップな音楽の裏に巧みに織り交ぜられた普遍的テーマです。核心にあるのは、「誰が“善”と“悪”を定義するのか?」という問い。観客は自分らしさを受け入れる大切さ、偏見の危険性、そして不正義に立ち向かう勇気を考えさせられます。
『ウィキッド』には名曲が数多く登場しますが、なかでも「Defying Gravity」と「Popular」は中毒性があります。頭の中でぐるぐるとリピートされてしまうのです。40過ぎのおじさんが、思わず家事をしながら「ポピュ〜ラ〜」と歌ってしまい、家族から「ヤバいね」と笑われる始末です。
ラッキーなことに、ロサンゼルスではミュージカル版もちょうど公演されているので、そちらも合わせて鑑賞されることをお勧めします。劇場に響き渡る生の歌声の迫力も、映画とは違った魅力があります。
『ウィキッド』は、観た後に、優しい気持ちになって、大切な人をより大事にしたくなる作品です。ミュージカルと同じように、映画でエルファバが空に舞い上がる「Defying Gravity」のシーンを見たときも、鳥肌が立って目頭が熱くなりました。何かに悩んでいる人は、一歩を踏み出す勇気をもらえるかもしれません。
そして帰りの車内で「ポピュ〜ラ〜」と思わず口ずさんでしまうはずです。
(12/17/2024)