ジェシカ・パーク Jessica Park
MLB Global Corporate Partnership
7月の初め、ニューヨーク・マンハッタンにオフィスビルを構えるMLB本部に勤務するグローバル・コーポレート・パートナーシップ担当のジェシカ・パークに話を聞くことができた。そう、昨年の夏に本誌インタビューに登場してもらったジェシカだ。記事を掲載したところ、「メジャーリーグの本部で働くなんて、どうしたらそんなスポーツ界の最高峰に辿りつけるの?」という類のコメントが若者読者から寄せられた。というわけで、今回は彼女のこれまでの道のりについて聞いてみた。
インタビュー第二弾は、今年も7月16日に行われる恒例のオールスターゲーム(開催地:テキサス)直前だったが、なんとかこぎつけた。この日のインタビューはMLB本部ビル内にあるミーティングルームとオンラインで繋いで行った。多忙なスケジュールの合間だが画面の向こうで、屈託のないはつらつとした笑顔をみせる
|| 自分を追い込む術(すべ)はこうやって身につけた
「MLBに入って3年になります。誰しも新しい仕事を始める時は全力投球するものですよね。私も入社したての頃は全力で仕事に臨んでいたし、今もそうです。夜も仕事をして週末もほとんど働いています。だからといって、大変だ、もう辞めたい、っていうネガティブな気持ちにならないのは、この仕事が自分にとって目標にしてきたことだから。それと、自分の健康や仕事以外の人間関係に悪影響を及ぼすことなく、自分を追い込むことができる術(すべ)をわかっているからだと思います」。いくつものことを上手く両立することを、器用に複数の物を投げてキャッチする大道芸に例えて「ジャグリングアクト」というが、彼女自身、複数のことに全力投球する術を子供の頃から身につけてきた。
韓国からロサンゼルスへ移住した両親のもとに生まれ、カリフォルニア州ベーカーズフィールドで育った。物心ついた頃にはゴルフに熱中するようになり、カリフォルニア中のゴルフトーナメントに出場するまでに極めた。「両親はとても協力的で、母は毎回トーナメントに付き添うなどゆるぎないサポートをしてくれたおかげで私はゴルフに情熱を注ぐことができた。とはいえ当時はティーンネイジャーだったので、いろんな葛藤がありました。友達のバースデーパーティにはほとんど参加できなかったし、遊ぶ時間もなかった。大会のために学校を休むこともあったけれど、学校の成績を落とすわけにもいかないし、ゴルフでも負けたくなかった。子供ながら大変な思いをしていたのを思い出します。でもあの頃に学校やゴルフを一生懸命に両立したからこそ、その後の大学とインターンシップの両立や、仕事の上でもマルチタスクをこなせるようになった」。ゴルフは好きだが、プロゴルファーを目指していたわけではない。少女時代のある時、NBAのコミッショナーだったデビッド・スターンがドラフト指名を発表する姿をテレビで目にして、カッコいい!と憧れてからは、夢はアメリカのプロスポーツリーグのコミッショナーになることだったという。
|| その道に行きたいなら、その世界のプロから学ぶ
スポーツのキャリアを極めるのならと、名門USC(南カリフォルニア大学)で経営学を専攻、スポーツメディア学を副専攻した。そして、ここでの大きな目的は「USCスポーツ・ビジネス・アソシエーション」に所属することでもあった。「将来プロスポーツの世界で働くためには、その世界に精通する最高の人たちから学び、その人たちに囲まれていなければならない。私にとって、最高の人材と環境はスポーツ・ビジネス・アソシエーションにあると考えていました。これは学生によって運営されているキャンパス内の団体ですが、とても戦略的な活動が行われています。業界のプロから定期的に話を聞くことができ、スポーツの世界で働きたいと思っている仲間と繋がることができる、重要なネットワーキングのハブとして機能しているのです。毎週水曜日の夜のミーティングにはドジャースやキングス、レイカーズの関係者が講演に来てくれました。もちろんのこと私たち学生は業界の一線で活躍する彼らから様々なことを学ぼうとしますし、また彼らも未来に向かって切磋琢磨する私たちを喜んでサポートし次へのステップへと導いてくれました」
USCで重要な経験となったのがFoxSportsチャンネルでのインターンシップだ。Fox Sportsはオフィスの一つをUSCのキャンパス内に構えており、ここにインターンとして入った時期がちょうどカレッジフットボールのシーズン中だった。「スポーツチャンネルといえば、アナウンサーやレポーター、ディレクターなど番組の制作現場がイメージに浮かんできますが、スポンサーやパートナーシップなど企業や団体との関わりも運営の大きな軸となります。私の役割は、パートナー企業を対象としたプロモーションがきちんとした形で実施されているかや、スイート席の確保、VIP顧客の管理など、一般的に放送の表側では見られないような運営側の現場でした。アメフトというアメリカのメジャーなスポーツイベントがどのように運営されているのか仕組みを見ることができ、自分のキャリアの基礎となりました」
USC時代は、ゴルファー経験を生かし、タイガー・ウッズ財団(現TGR財団)のインターンとしてジェネシス・オープンの名称で知られるゴルフ大会の運営に携わった。「私には適材適所といえるインターンシップでした。この歴史あるゴルフ大会は、タイトルスポンサーが新たに変わり体制が変わったことで運営組織も大変な時を迎え、大きなサポートを必要としていました。なので私はインターン以上に重要な責任を担う役割を与えられました。私の仕事はパートナーシップ関連の管理のほか、1000人以上のボランティアをまとめ、彼らがそれぞれの役割を果たしていることを確認することなどでした。それとチケットの管理。当時はデジタルではなくペーパーチケットでしたから、何枚売れて何枚残っているかを数えるのも大変。でも何が一番タフだったかというと、大学に通いながらインターンを続けること。月曜から金曜まで早朝に授業を受けて、昼間にインターンで働き、夜間にまた授業を受ける過密なスケジュール。でもね自分のキャリアチャンスのためなら、どんな犠牲も厭わなかった」
|| パートナーシップへの情熱が芽生える
ここまでの彼女のインターンシップの話よりすでに、彼女がどれだけプロスポーツとパートナーシップが無二の相互関係にあるかを理解し、その間に立って経験を積んできたか、うかがい知ることができるだろう。また、さらに大学3年時の2018年にはロサンゼルス・ドジャース財団の戦略的パートナーシップと慈善事業に参加した。特にパートナーシップに携わることへの強い情熱を抱くようになったのは、ここでの経験からだ。同財団は、LAドジャースの公式慈善団体であり、野球をプラットフォームとして教育・医療・ホームレス問題など、ロサンゼルスの重要な問題に取り組んでいる。ここでは、地域社会にポジティブな影響を与える地域プログラムへの助成金投資の管理などに従事。大学卒業後、この財団での仕事で彼女は正式にキャリアをスタートさせた。「ドジャース財団でキャリアをスタートさせたことは、私にとって、パートナーシップの力が何をもたらすかを理解する上で非常に重要でした。財団は、『パートナーシップ』こそは物事の価値を示したり提供するだけでなく、健全な地域社会や青少年を育むことを率先してイニシアチブを取ることが大切だという考え方をしています。一方的な押しつけではなく、コミュニティ全体で一緒に頑張っていきましょうという考え方です。皆が同じ目標を持ち、皆から愛される野球を通して、各々が持つ素晴らしいリソースを集結させてこそ、地域社会にポジティブな影響を与えることができるのです」
|| 自分の可能性を見抜く チャレンジをしてくれる上司
そこから異動になった先は、LAドジャースのフロントオフィスだった。名実ともにメジャーリーグのトップといえるこの偉大なチームの運営を司るフロントオフィスで働くというのは、どんなものなのだろうか。アジア人がアメリカのスポーツ業界の最高峰で正当な評価を受けられるのだろうか…。「アジア人だからとか、女性だからとかと特別に考えたことはなかったですね。確かにメジャーリーグ全体で考えるとそこで働くアジア系の数はほんの一握りでしょう。でもドジャース自体がロサンゼルスという多様な人種や文化の集まる場所をホームとしていますし、チームの選手たちやスタジアムに来るファンの人々も極めてインターナショナルです。そんな気風からなのか、自然とフロントオフィスも多様で柔軟、隔たりを感じられない雰囲気を持っています。私は毎日オフィスに仕事に行くのが楽しかった。単にドジャースのファンだからだけでなく、上司を尊敬していたからです。私の上司はとても前向きな考えの持ち主で、私を指導するとともに、より広い視野を持つように挑んでくれた。なかなかそんな上司に出会うのは難しい。私は本当に恵まれていたんです。部下が持っている可能性や、学び成長したいという意欲を持っていることをちゃんと見抜いてくれる上司がいれば、部署全体が建設的なアイデアを生み出せる空間になるはず。そんなフロントオフィスがあってこそ、スタジアムに足を運ぶ5万人のファンの人たちを感動させる、おもてなしをすることができるのだと信じています」
|| 目指すべき目標があるから、どんな逆境にも屈しない
そして彼女が次に目指したのがMLB本部だった。ドジャースでの彼女の優れた働きが本部にまで届き、さらに彼女の能力をよく知るドジャース時代のメンターがMLBに推薦状を書いてくれたが、面接のプロセスには何か月もかかったという。「MLBでの面接は1回や2回ではなく、10回にわたりました。雇う側も私に対して疑う気持ちがあったと思います。『野球が好きで、野球業界で働いた経験があるからといって、本当にMLBで働ける能力はあるのか?』と。でも、私にはチャレンジする準備はもうできていました」
自分がアジア人女性であること自体が、この世界では常にチャレンジャーであることを意味するのだと話す。「私の部署にいる100人の中でアジア人はたった4人。私はそのうちの1人ということです。その少数派が革新的な発想ができて、知識があって優れていても、そのアイデアが相手にされなかったりすることがある。実際、過去にそんなことがありました。私が画期的なマーケティング戦略を思いついた時、それを横取りして発表されたこともあります」
アメリカ社会のど真ん中で働くアジア系というアイデンティティを持っているからこそ、この社会の良い面・悪い面の両側面がみえてくることもあるだろう。しかし、彼女には目指すべき目標があるから、どんな逆境にも屈しない。
「アメリカでは、アジア人は物事に同意できない場合も声を上げないし、騒ぎを起こさない、頭を低くして黙っているだけだという古い印象を持った人が未だたくさんいます。だからこそ私たちアジア人は、間違っていることは間違っている、素晴らしい考えを思いついたなら胸を張って伝える、古いステレオタイプに逆らっていく必要があると、思っています。逆らっていけば、彼らはこっちに耳を傾けざるをえなくなる。でも放っておけばパンチを受け続けるだけで何も変わらない」
今年レギュラーシーズンの開幕戦は、ソウル、メキシコシティ、ロンドンで行われ、この海外企画は成功を収めた。「韓国でのレギュラーシーズン開幕戦は、史上初。韓国での試合が実現したことをはじめ、アメリカの野球ファンに韓国の食べ物やエンターテインメントといったカルチャーを紹介できたのもとても意味のあることです」
さて、どさくさに紛れて来シーズンに予定されている海外での開幕戦の場所の話など、聞き出そうとしたが、まだ正式発表にはなっていないため、さすがに教えてはもらえなかった。「メジャーリーグ野球はアメリカの娯楽として愛されていますが、世界の人々に楽しんでもらえるスポーツなのです。2025年シーズンはどんなことが待っているのか…それはお楽しみに。Stay tuned!」
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