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アメリカ101 第141回
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最近のアメリカの政治を左右しているのが「6対3」。司法制度の最高機関である連邦最高裁判所での保守派判事とリベラル派判事の内訳のことです。
まだ半年も残す2022年ですが、「今年の10大ニュース」のトップスリーに入るのが確実な、「人工妊娠中絶は(連邦)憲法上の権利とは認められない」(6月24日)とする判断を先頭に、次々と保守的な判決を打ち出している最高裁は、今やアメリカの保守的な変革への法的な基盤を提供しています。
アメリカでは近年、「保守派かリベラル派か」という価値観をめぐる色分けで、人工妊娠中絶の是非が一種の“踏み絵”の役割を演じています。中絶反対なら保守派、容認ならリベラル派というわけです。具体的には、1973年の「ロー・ビー・ウェイド」(Roe v. Wade)裁判での、中絶が「憲法上の権利」とする判断を支持するか、反対するかが、その分かれ道です。この裁判では、「妊娠を継続するかどうかの妊婦の決定は、憲法修正第14条のプライバシー権に含まれる」との合憲判決でした。原告の「ロー」とは、裁判の際の仮名で、女性名では、このジェーン・ロー(Jane Roe)のほかジェーン・ドー(Doe)があり、男性ならジョン・ロー(John Roe)やジョン・ドー(John Doe)などが使われます。
この中絶合憲判断に対し保守派、とくにキリスト教福音派の信者は、受胎の時点で生命が生じるとの見方から、長年にわたり、いかなる中絶も憲法に違反すると主張、今回改めて最高裁に判断を求めたものです。そして1973年の判例でも、「中絶の権利はアメリカの歴史と伝統に深く根差したものではない」として判例を覆し、連邦憲法で保護された権利ではないとする新たな判断を打ち出しました。
本来連邦最高裁判事は中立の立場で憲法上の判断を下すのですが、現実には、定員9人に欠員が生じれば時の大統領が後任判事を指名、連邦上院が承認するというプロセス。政権政党の意向が反映されるため、共和党なら保守派、民主党ならリベラル派の判事が就任するのが通例です。判事は実質的な終身制で、辞任・死去・弾劾で空席が生じた時点で、その時の大統領が指名するため、指名の機会は各大統領ともまちまちとなります。前大統領ドナルド・トランプの場合は、近年稀な3人の判事を指名する機会があり、当然ながらいずれも保守的な判事を指名したことで一挙に最高裁は保守派が6人、リベラル派が3人という構成となっています。
保守派6人のうち、在職年数が最長は、第41代大統領ジョージ・H・W・ブッシュ(パパ・ブッシュ)が指名したクラレンス・トーマス(黒人)で、在任31年目。夫人は再婚の弁護士ジニー・トーマス(白人)で、保守系政治活動家であり、トランプの熱烈な賛同者として言論活動やロビー活動に加わっています。連邦最高裁判事の配偶者は、あらゆる面で“低姿勢”に徹するのが通例なのですが、彼女の場合は“目立ちがり屋”。“夫唱婦随”なのか“婦唱夫随”なのかはわかりませんが、ワシントンではトップクラスの「パワー・カップル」です。
「6対3」の構図の中で、「6」のグループで埋没している感のあるのが、最高裁のトップであるジョン・ロバーツ長官。通常なら強力なリーダーシップの発揮が期待されるのですが、ロバーツの場合は、「One of them」にとどまっています。
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著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)
通称:セイブン
1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。
(6/28/2022)