途中でやめるのはいつだって自分

NASA Jet Propulsion Laboratory システムズエンジニア

石松 拓人

Takuto Ishimatsu

 

 一体どれだけの人が長い間同じ夢を見続けることができるのだろう。少年時代に心に描いた夢を仕事にできる人がいるのだな、彼をみるとそんな感想が浮かぶ。

 

 「スペースシャトルかっこいい」それが原点。「映画『アルマゲドン』を観て、NASAに行くならMITとインプットされました」。1981年に福岡で生まれた石松拓人さんは、スペースシャトルに憧れ、宇宙の仕事がしたいと思い、その延長線上にNASAを夢見た。外国人がNASAで働く切符を得る困難など何も知らずに。

 

 高校を卒業後、東京大学に進学し、航空宇宙工学を専攻。同級生の多くが就活を終えていくなかその流れには乗らなかった。「わくわくする道を選ぶ。僕はあのとき王道から外れたんだと思います」。

留学準備をするものの英語は苦手。聞き取れないししゃべれない。MIT(マサチューセッツ工科大学)に出願するための条件を揃えるのに苦労した。高い学費を工面するため奨学金探しにも奔走。そうして入ったMITに彼は10年在籍する。修士号・博士号を取得し、ポスドクとして研究を続けた。その間に結婚し、子どもが二人生まれた。「妻も東京で仕事があり、同居したり別居したり、激動でした」

 

 石松さんは2016年からNASAジェット推進研究所(JPL)でシステムズエンジニアとして働いている。NASAは米国内に10ヶ所ありJPLはそのひとつ。外国人が正規の職員として働ける唯一の研究所だ。約6000人が働くJPLで日本人はわずか10人ほど。今年7月JPLは火星探査機マーズ2020を打ち上げる予定。

「ローバーが着陸地点からサンプルを採取する地点までどのようなルートを走るのか、安全かつ最短なルートはどこなのか、どのくらい時間がかかるのかをコンピュータを使ってシミュレーションするのが僕の仕事です。あらゆるシナリオを想定する必要があり、何をコンピュータに計算させれば、各シナリオの是非が検討できるかを考えます。探査機の設計というよりミッションの設計ですね」

 

 道のりは平坦ではなかった。MIT時代、JPLのインターンに応募するも門前払い。2013年に受けた採用試験も不採用。「君が永住権を取得する頃には状況が変わるかもしれない」と告げた課長の言葉を信じ、永住権取得に動き出した。この間、石松さんが書いた論文がMITのトップページに掲載され、注目を集める。複数のインタビューを受け「MITの科学者がNASAに圧倒的勝利」と書かれたりもした。

結果的にこの論文がNASA本部に回覧され、議論を巻き起こし、事態が動いていく。永住権を取得した彼は再びJPLの門を叩き、遂に一員となったのだ。粘り続けた先に微笑んだ女神。3月5日、マーズ2020のローバーの名前が発表された。Perseverance(忍耐)。石松さんの人生とそれが重なる。

 

 「僕の場合は一言でいえば粘り勝ち。途中でやめなかっただけ。やめるのはいつだって自分ですから」

MITの卒業式。博士課程在籍中に生まれた長女と共に。「よちよちと歩く小さな博士はみんなの注目の的で、僕より写真を撮られていました(笑)」

 

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