東京オリンピックの“隠れた”話題 姓名のローマ字表記の国際的な普及

アメリカ101 第93回

いよいよ「2020 東京夏季オリンピック・パラリンピック」です。723日(金)の開会式から88日(日)の閉会式の日程で開かれますが、それに先立って21日(水)の福島市内県営あずま球場でのソフトボール試合、日本対オーストラリア戦が実質的な幕開けとなります。日本でオリンピックが開かれるのは1964年東京大会以来57年ぶり。新型コロナウイルス禍で開催が1年延期となったものの、東京を中心に感染拡大に歯止めがかからず、緊急事態宣言下での開催で、大会キャンセルを求める内外の動きも続く中、オリンピック史上最大の試練に直面する異常な大会となっています。そんな、正式名称Games of the XXXIII Olympiad(東京2020オリンピック競技大会)の隠れた話題が今回のコラムのテーマです。 

 

 今回の大会では、日本政府による、ひとつの大きな目論見があります。日本人姓名のローマ字表記の国際的な普及です。海外在住の日本人であれば、使用言語のいかんにかかわらず、通常は「貴殿の名前は?」と聞かれ、また氏名欄への記載を求められれば、まず「名」(First name)を名乗り、次に「氏」(Surname)という欧米主義の順で、署名もそれに沿ったものですが、東京五輪では、全世界向けのテレビ放送では、これを中国(台湾を含む)や朝鮮(韓国、北朝鮮)並みの「姓・名」順にローマ字表記することになりました。 

 

 日本では、姓名のローマ字表記の形式には法的根拠はありません。19世紀半ばの「黒船」到来以来の近代化の過程で、欧米諸国との対等な関係を樹立するとの観点で、日本での伝統的な姓名表記をローマ字表記とする際に、欧米に倣って「名・姓」表記とするのが慣習化、現在に至っています。 

 

 日本では、現在小学3年生から国語授業の一環としてローマ字教育が行われています。幼少からコンピューターを使うのに必要という背景があるようですが、終戦直後の新しい教育制度で育った筆者の世代で何時からローマ字教育を受けたか記憶がありませんが、恐らく当初に書き方を習った際には、「名・姓」順だったはずで、それを「姓・名」の順で書いた覚えはありません。 

 

 ローマ字での名前表記が欧米式なのに対して、これまで違和感を抱いてきた向きも多かったと思われますが、「欧米重視」という観点から、日本政府の公式文書を含めて国を挙げて日本人の名前のローマ字表記は「名・姓」順が踏襲されてきました。それに政府内から公式に「おかしい」という声を上げたのが、当時若手政治家として発言力を強めていた河野太郎現行政改革担当相兼新型コロナウイルスワクチン接種推進担当相でした。第3次安倍内閣で外務大臣に抜擢されたのですが、20195月の記者会見で、国語審議会の「姓・名」順のローマ字表記が望ましいとする答申への対応で問われたのに対して、国際報道機関に働きかけていく意向を表明して注目されました。 

 

 このような動きを受けて日本政府は202011日から、国の公式文書では名前のローマ字表記には「姓・名」順とすることを決定、一般社会や企業などには強制を避け、それぞれの判断に委ねる方針を明らかにしました。そして今回の東京五輪では、アスリートのローマ字での名前表示を「姓・名」順とするようIOC(国際オリンピック委員会)に要請、オリンピックの映像・音声放送を集約・独占して各国放送組織に配信するIOC傘下のオリンピック放送サービス(OBS)が、日本人選手のローマ字名前表記を「姓・名」とすることになったのです。これを機会に日本人のローマ字表記が「姓・名」順が国際的に普及するのか、見守りたいと思いますが、新方式のサインの書き順の練習が必要となるのはまだまだ先のことでしょう。 

 

 

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著者/ 佐藤成文(さとう しげふみ)

通称:セイブン

1940年東京出身。早稲田大学政治経済部政治学科卒。時事通信社入社、海外勤務と外信部勤務を繰り返す。サイゴン(現ホーチミン市)、カイロ、ベイルート、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス各支局長を歴任し、2000年定年退社。現在フリーランスのジャーナリストとしてロサンゼルス在住。


(7/12/2021)

 

 

 

 

 

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